おばあのような料理上手になりたい! だけど半世紀以上、台所で鍛え上げた調理技術と料理のレパートリーをいきなり再現することは不可能だ。
だったらまずは、特におばあが得意な鍋で煮炊きした料理、通称“炊いたん”を習得しよう。
という目標に向かって、僕はいろんな食材を”炊いて”いる。そしてゆっくりだけど着実に、目指す味が出せるようになってきた。
とはいえ、いつかおばあのような“炊いたんマスター”になれたとしても、マネできないことが2つある。
1つはテーブルいっぱいの品数を用意すること。
おばあはメインディッシュのほかに、これでもか! といわんばかりの数のおかずで食卓をうめつくした。メインがどれだかわからないくらい―ー
⇧こんな豪華なメニューの日も珍しくなかった。僕がこれほどの品数を用意するとなると、それだけで一日が終わってしまう。
それを毎日作ってくれたおばあのありがたさは、自分で料理をするようになって日に日に増している。
そして2つ目は、好きな種類の肉や魚を使うこと。
おばあにとって肉といえば牛肉だった。そんなおばあと同じ頻度で牛肉を選ぶことなんて、僕にはできない。しかも肉は必ず国産と決まっていたので、その味を知ってしまった僕は、今さら輸入の牛肉では満足できなくなってしまった。和牛の肉となると、さらに簡単には手が出ない。だから僕にとって肉といえば鶏肉だ。
魚だって一匹まるごとの煮付けや刺し身なんて、よっぽど値引き率のいい特売の日か、誕生日のような特別な日以外は選択肢にすら入らない。魚は切り身よりお得なアラの部分か、小アジかイワシが定番だ。
だけど今でも、おばあのおかげで突然、おどろくような高級食材が手に入り――
⇧こんな豪華な料理を味わえることがある。
そしてまた今回、おばあの知り合いから、なんと僕の大好物―ー
瀬戸内海の牡蠣が届いた! パック詰めの牡蠣は、近所の魚屋でもよく見かけるけど、いつも半分くらいは水が入っている。それが――
こんなに牡蠣の身がパンパンに詰まっているものなんて、見たことない!
このたっぷりの牡蠣を使って作る料理は、フライやバター炒めも捨てがたいけど、“炊いたんマスター”を目指すなら、やっぱり鍋がいい。というわけで今晩のメニューは、おばあも毎年作ってくれた牡蠣鍋に決定!
介護施設で暮らすおばあの元に、料理のコツを聞きに向かった。
この日もおばあはパーキンソン病の症状で、ベッドで半目を開けて眠りかけていた。
「おばあ、来たで!」
と耳元で声をかけると、驚いたように大きく目を見開いて、
「……おお」
と言って目覚めた。
時間をかけていくつか言葉を交わし、
「牡蠣鍋作ろうと思うんやけど、気をつけることある?」
そうたずねると
「牡蠣は、粉入れて洗うんや」
ということと、
「味は、『素』を入れたらええ」
ということがわかった。
おばあは料理を作る僕を応援してくれているのだと、言葉には出さなくても伝わってくる。それなのに、今のおばあには僕が作ったものを食べさせられないことが残念でならない。
また眠りはじめたおばあにお礼を言って、部屋をあとにした。
牡蠣はまず、アドバイスどおりに――
“粉”つまり、小麦粉を――
ボウルに入れた牡蠣の身にまぶし、傷つかないようにやさしく洗う。
ひとりだとさすがに多すぎるので、半分は冷凍したけどそれでも――
この量! おばあがいればこれくらい、二人で競うように食べきってしまうのに……。僕ひとりだと一食では食べ切れそうもない。いつも食材の量のことになると、おばあがいたらと考えてしまう。
気を取り直して、土鍋にはまず、
根菜類を入れて火にかける。そしてここで、大事な味付け。
今回は、おばあも大好きで――
これで何度も鍋を作ってくれた、
まつや“とり野菜みそ”のピリ辛!
ちょうど数年前の同じ時期、
⇧バレンタインデーにも作ってくれたことがある。今年はチョコレートをくれるおばあがいないけど、同じ味付けの鍋で、この日のことを思い出せたらじゅうぶんだ。
それにこの“とり野菜みそ鍋”は、石川県の家庭で定番のソウルフード。能登半島地震で大きな被害を受けた石川県を応援する意味も込めて、これを使いたい。
使い方は簡単、
具材と一緒に鍋に入れて、
煮込むだけ。一袋で一家族、だいたい4・5人分なので、今回は三分の一くらい入れる。
そこに他の具材を、
たっぷり投入。ちなみに、牡蠣といえばレモン! ということで、三分の一個くらい入れている。
この前作ったレモン鍋は――
多く入れすぎて失敗したので、ひかえめに。でも、だからこそ牡蠣鍋に合うことがわかった。
そして鍋にフタをして、しばらく煮込めば――
完成だ!!
土鍋から立ち上るみその香りも、見るからにプリプリの牡蠣も食欲をそそる。でもおばあがいたときのように、土鍋を食卓に運んだりしない。
僕ひとりなので、半分は翌日の昼用にとっておく。だから具材は一食分、大きめの皿に取り分けて――
メニュー
・牡蠣鍋 ピリ辛とり野菜みそ味
牡蠣、レモン、トマト、大根、玉ねぎ、にんじん、なめこ、しめじ、しいたけ、白菜、小松菜
・ごはん (三分づき米)
こんな感じに、盛り付けると、
鍋とは違う料理みたいだ。
これはこれでおいしそうだから、まあいいや! そう自分に言い聞かせ、食べはじめる。
牡蠣は見た目以上にプリッとして、とり野菜みそがめちゃくちゃ合う! それに思った通り、少しのレモン、それにトマトの酸味が、ただでさえ濃厚な牡蠣の旨味を引き立てる。
そして――
ごはんがすすんで止まらない。
夢中で鍋の具を食べきったときには、ごはんもなくなっていた。
だから今日ばかりは、ごはんをおかわりして――
とり野菜みその汁に入れて、シメはおじや風。味はもちろん、おいしいに決まってる!
今日の鍋は、自分で作ったとは思えないほどの出来栄えだ。実際に牡蠣は、おばあの知り合いが僕の食生活を心配して送ってくれたものだし、この味はとり野菜みそのおかげ。だからやっぱり、僕ひとりではできなかった。
だけど、これだけおいしくて満腹になったのに、気持ちはいまひとつ満たされない。食卓でおばあと一緒に鍋をつついていた、あのときの楽しさを今でもはっきりと覚えているからだ。そして僕ひとりになった今、ようやくありがたみがわかった気がする。おばあはもちろん、牡蠣を送ってくれた知り合いも、とり野菜みそのメーカーにも感謝せずにはいられない。
ただ、もう一度だけでいいから、一緒に鍋を味わいたい。だからまた僕の作ったものが食べられるくらい、元気になってや、おばあ!