去年のクリスマスイブの夕飯は、山盛りの手羽先と、マグロとヒラメの紅白の刺身、さらにはホールのピザまで食卓に並び、サラダには真っ赤なイチゴが乗っていた。〝何やよくわからんけど、めでたい感じの西洋の行事やろ”という、おばあが持つクリスマスのイメージが、この日のメニューにそのまま現れていた。
ピザを主食に刺身を食べるのに違和感があったのは最初だけ。気がつけば好物ばかりの豪華な料理を、夢中で食べまくっていた。
今年はどんなクリスマスのスペシャルメニューを用意してくれているのだろうか。はやる気持ちを押さえられず、いつもより15分早くおばあの家にやってきた。居間ではおばあが食卓に料理を並べている最中だった。さぞかしスペシャルなものが揃っているのだろうと期待して、テーブルに目をやると――
ただの…豆腐!? 湯気が立ち上っている〝温奴”なのが、おばあの家では珍しく、真っ白なところがホワイトクリスマスを表しているといえなくもない…って、そんなわけあるか!
オクラとミョウガの和え物も、嫌いじゃないけど、クリスマス的要素は皆無である。
そして、このスーパーの茶碗蒸しは、僕の好物! 去年のクリスマスのメニューにもあった。だけど、これならしょっちゅう出てくるし、珍しくもなんともない。
一年前、イチゴがトッピングされていたサラダはというと――
上に乗っているのは、ミニトマト。ほうれん草の緑とミニトマトの赤がクリスマスっぽいカラーではあるけど、これはいつもと変わらない。
もしかして、〝普段通りのことが特別なんだよ”という、ありがちだけどもっともなメッセージが今晩のメニューに込められているのか? いや、お金と健康と芸能の話題が大好きなおばあが、そんな自己啓発本にあるような高尚なことを考えているとは思えない。
まさか、今日が何の日が覚えていないのでは!? 最近おばあは忘れっぽくなってきている。この前も、人の名前がなかなか思い出せなくなったと嘆いていた。それでも季節の行事は、僕以上に覚えていると思っていたのに……。
記憶をなくしながら、だんだんと衰えていくおばあを想像してしまい、うなだれていると、
「なんや、いつもより来るの早いな」
とおばあがいった。
「今日は料理、楽しみにしてたんや」
僕は力なく答えた。するとおばあはにやりと笑い、
「そうか。クリスマスやけど、料理はいつもと一緒やで」
といい残し、台所に消えていった。
おばあは今、クリスマスといった! ちゃんと何の日か覚えているのだ! まだテーブルにはスペースがある。スペシャルな隠し玉を用意しているんじゃないのか! でも今、〝料理はいつもと一緒”だといっていた。どういうことなんだ、おばあ。
台所をのぞき込むと、
「こっちはええから、座っとれ!」
と怒鳴られた。しぶしぶ席に着くと、おばあが台所から現れた。手に持つ皿に乗っているのは、僕の顔ぐらい大きな――
メニュー
・鶏のもも焼き
・温奴
・茶碗蒸し
・オクラとミョウガの和え物
・大根おろし
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
鶏のもも焼き! そうだった。本場ではどうか知らないけど、おばあの家ではクリスマスには必ずチキンが出るのだった。ただ、今年のチキンは、これまでのようなクリスマス仕様ではなく、普段からたまに食べている鶏のもも焼きと変わらない。〝いつもと一緒”というのはそういうわけだったのだ。
それでもいい。おばあはちゃんとクリスマスを覚えていたし、鶏のもも焼きはいつも焼き加減が絶妙で、肉厚で食べごたえもある僕の大好物だ。
「ちょっと失敗したわ」
とおばあがいうとおり、
裏返すと、皮が取れてしまっていた。でもこれくらい気にしない。おばあがいなければ、僕は一人でファミチキでもかじっていたはずだ。そう思うと急に、今晩の料理が特別なものに思えてきた。これまでのクリスマスのようなスペシャルメニューじゃないけど、普段からこんな料理を用意してくれているのは、やっぱりただごとじゃない。
〝普段通りのことが特別なんだよ”というメッセージを、僕は受け取った気がした。そんな月並みで格言じみた、口に出すのもちょっとはずかしいことを、本当におばあが思っていたかどうかはわからない。でも僕はたしかに感じたのだった。
ふと思い立って、鶏のもも焼きと一緒におばあが持ってきた大根おろしを――
鶏肉に乗せてかぶりついた。柔らかな鶏肉から、熱い肉汁がほとばしる。鶏肉のうま味と濃いめの塩加減、そしてさっぱりした大根おろしがぴったり合い、もう一口、もう一口と食べ進まずにはいられない。おばあと僕は競い合うように、つぎつぎと料理を口に運んだ。
なぜか今日に限っておばあはテレビをつけておらず、肉をかじり、骨をしゃぶる音だけが聞こえるなかで黙々と料理を口に運んでいると、あらためて〝普段通りのことが特別なんだよ”ということが、たしかなことだと思えた。
ただ、おばあが鶏のもも焼きではなく、代わりに手羽元の塩焼きを5本ほど食べていた理由は不明である。
食べ終えると、おばあはさっそく立ち上がり、台所に食器を下げに行った。そして食卓に戻ってきたとき、両手に持っていたのは――
見たこともない豪華なカップアイスが2つ。上にクリームが盛り上がり、それぞれチョコとイチゴが乗っている。カップには〝LES ROSIERS EGUZKILORE”と、フランス語らしき文字。ハーゲンダッツより高級そうな見た目は、クリスマスにぴったりだ。
チョコのアイスが僕の手前にあるけど、イチゴの方を食べてみたい、そう思っていると――
おばあは素早くイチゴが乗ったカップを掴み、
スプーンをずぶりとクリームの下に差し込み、
イチゴとクリームの大部分を一気に口に入れてしまった。
「こんなのど