主婦以外、立ち入り禁止の台所!? 肉野菜炒め~すき焼き風~

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おばあは僕が台所に入るのを許さない。たとえ孫でも男が足を踏み入れると、主婦の聖域を荒らされるような気分になるらしい。半世紀以上、女手ひとつで台所を切り盛りしてきたというプライドがあるのだ。だけど、たまには例外もある。

今日もいつもの時間におばあの家にやってくると、おばあは先に食事をはじめていた。テレビを見ながら料理が乗った皿を手に持ち、大きなうす切りの肉をすすり込むように食べている。野菜炒めだろうか。肉がたっぷりでおいしそう。と思いながら、とても84歳には見えない食べっぷりを眺めていると、おばあが急に振り向いて
「お前も台所行って、皿に入れてこい!」
といつもの大声でいった。

「うん!」
と思わずうれしくなって、元気を持てあます小学生みたいな返事をした。僕を台所に向かわせるということは、見た目以上においしく仕上がったのに違いない! おばあは料理の出来に自信があるときは、わざわざ盛り付けに行かせるのだ。

祖母(おばあ)が作った肉野菜炒めがフライパンに入っているところ

コンロの上のフライパンの中には、豚肉と野菜の炒め物……いや、水分が多くて甘辛い香りがして、炒め物というよりすき焼きに近い。キャベツではなく白菜を使ったために水分が多く染み出してきたのだろう。

醤油と砂糖の香りは食欲をそそる。ひとつ小さな豚肉をつまんで口に入れると、脂の甘みが引き立っていてたしかにおいしい。だけど、おばあの料理は基本的においしい。これくらいのものならしょっちゅうつくっている。むしろ野菜炒めをつくろうとして、白菜を入れてしまって水っぽくべちゃべちゃになった……失敗作……なわけがない。僕を台所に行かせたからには、おばあが誇らしくなるような何かがあるはずだ。

釈然としないまま皿に盛り付けていると、ひとつだけ妙な具材を見つけた。野菜炒めでもすき焼きでも見かけたことのない野菜だけど……。答えは本当にこれなのか? 箸でつまみ上げてみても、疑問はさらに大きく膨らむばかり。そのままフライパンの中身をすべて皿に盛りつけて食卓に戻った。

オクラ入り豚肉と野菜の炒め物など、祖母(おばあ)が作った晩ごはん

メニュー
・肉野菜炒め~すき焼き風~
豚肉、玉ねぎ、白菜、ピーマン、オクラ!?
・酢レンコンと酢ゴボウ
・オクラのかつお節和え
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

オクラ入り豚肉と野菜の炒め物

豚肉や玉ねぎ、白菜、ピーマンと一緒に、オクラが丸ごと醤油色に染まっていたのだった。この一本のオクラが一体、何を意味するのか。あるのはインパクトというか違和感だ。なぜこの料理にオクラを入れたのか、どうして一本だけなのか、そして切っていないのか。

箸でつまんで先から三分の一あたりまでかじってみる。じわっとタレが染み出してきた。味付け玉ねぎの甘みや、豚の脂のうま味が溶け込んでいる。そこにオクラのとろみが加わって、味わいが増しているような……気がする。とはいえ、これが僕を台所に行かせるほどのものなのかは疑問だ。

オクラの断面を眺めながら、頭をひねっていると
「なんやそれ!」
と向かいの席のおばあが声を上げた。
「なんやそれって、オクラやん。おばあが入れたんとちゃうの?」
「そんなん丸ごと入れへんわ。お前が入れたんやろ!」
「なんで、そうなるんや……」
調理中に僕はいなかったのに、いつオクラを投入できたというんだ。生のままならさっきこっそり入れることも可能だけど、このオクラはしっかり火が通って醤油色に染まっている。

それでもおばあは、僕のいたずらだと決めつけているようだ。頑固なおばあが一度思い込むと、もう理屈が通じない。これ以上、食い下がったところで一方的に怒鳴られるのがオチだ。この一本のオクラさえなければ、余計な考えを巡らすことなんてなかったのに……。僕は残ったオクラを口に放り込んで、噛みくだいた。

祖母(おばあ)が作った酢レンコンと酢ゴボウ

続いて酢レンコンと酢ゴボウをつまんだ。毎年寒くなると必ず出てくる得意料理だけあって、パリっとした新鮮な歯ごたえがあり、酢の加減もちょうどいい。おばあがつくるものは、やっぱりおいしい。

さらに別の小皿に箸を伸ばす。表面を覆うかつお節を払うとその下には――

祖母(おばあ)が作ったオクラのカツオ節和え

緑色の刻んだオクラ! 忘れようとしていたのに、また現れるなんて。

一気に食ってやる! と皿に口をつけてかき込んだ。ポリポリとした歯ごたえのあるオクラに、かつお節と醤油のうま味がよく合っている。そのままでもいけるし、ごはんも欲しくなる絶妙な味だ。

オクラといえばやっぱり、さっきの一本は、このかつお節和えに使おうとしたものがフライパンに紛れ込んだとしか思えない。だけどもう、おばあを問いただすつもりはない。そんなことをして怒鳴られるより、料理をおいしく食べたいのだ。

それにオクラの出どころがわかっても、謎はまだ残っている。そもそもどうしておばあは僕に、すき焼き風の炒め物を取りに台所まで行かせたのか。いつもと違う特別なところがあるはずだけど、オクラじゃないとすると何なのかわからない。いくら考えても、おばあに聞いても、答えは出ないだろう。それどころか、さらに疑問が湧き出してきそうだ。

向かいの席ではおばあが、オクラのかつお節和えをごはんに乗せ、それをさらに豚肉で巻いて食べはじめた。僕は何も見なかったことにして、大きな豚肉を口に運んだ。