メニュー
・鶏肉とタケノコとゼンマイの炊いたん
・豚汁
豚肉、玉ねぎ、油揚げ、ネギ
・酢の物
キュウリ、タコ、ワカメ
・オクラとミョウガのかつお節和え
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
おばあはたまに、愛媛の山奥でつくっていた料理を出す。その中でも今晩の〝炊いたん”はご馳走だったはずだ。だけどおばあは昔を懐かしむ様子もなく淡々と、細長く刻んだタケノコとゼンマイをラーメンのように音を立ててすすっている。
向かいの席から食べるところを眺めていると、僕の視線に気づいたおばあが、
「なんや食べへんのか? 今晩は、こんなのしかないで! 嫌いやったら食うなや!」
と声を荒げた。
いやいや、〝こんなの”って、こんなのがいいんだよ! と『孤独のグルメ』の五郎さんみたいなことを思ったけど、口に出すのはぐっとこらえた。
たとえ肯定的な意見でも、おばあに反論すると、文句をいっていると受け取られかねない。そして理不尽に怒鳴られてしまうという事態をこれまでも幾度となく経験してきた。ここは経験上、黙っておいしく食べている姿を見せるしかない! と力強く決意したけど、何も難しいことはない。そもそも僕はこの料理が好きなのだから、普通に食べていればいいだけだ。
まずはゼンマイとタケノコの束を口に運ぶ。そして噛んだ瞬間に感じる、この食感! 茶色く細長いゼンマイは、食べられるシダの若芽。それとタケノコを乾燥させたものが、おばあの田舎の親戚から年に何度か届く。乾燥ゼンマイはしっかりと味がしみ込んで柔らかく、反対にタケノコはコリコリとした強い歯ごたえ。噛むたびに顎から脳へと伝わってくる食感のコントラストがたまらない。おばあが得意な和風の甘辛い味付けが口じゅうに広がると、自然と茶碗に手が伸びる。
ごはんをかき込むと、すぐさま大きめの鶏肉を口に入れる。食べごたえのある鶏肉から肉汁があふれ出てきて、もう最高! おばあの田舎では、畑や山で採れる野菜ばかりを食べていた。ニワトリはたまごを食べるために飼っていて、その肉なんて滅多に食べられなかったはずだ。この料理は、おばあにとって年に何度食べられるかわからないご馳走だった。そう思うと、さらに味わいが増したように感じる。
こんなのがいいんだよ、こんなので。としみじみつぶやきたくなる。
口いっぱいにほおばり続け、ごはんと〝炊いたん”の半分くらいが一気になくなったところで、ほかのおかずに箸を伸ばす。
みそ汁は二日目の豚汁。味が濃縮していて、またごはんが欲しくなる。
おなじみのオクラのかつお節和えにはミョウガが加わっていて、さわやかな風味があとを引く。
酢の物は箸休めにぴったりだ。
黙々と食べ進めていると、向かいのおばあが
「よく食うなあ。炊いたん、まだあるから入れて来いや」
といった。表情はどことなく口元が緩んで満足げだ。
よかった! わかってくれたんだ。僕はさっそく立ち上がり、空の皿を持って台所に向かった。
底の深いフライパンには、〝炊いたん”がまだたっぷり残っていた。それを皿に取って、食卓に戻る。
それにしても、おばあはなんて単純なんだ。気に入らないことがあるとすぐに大きな声を出すし、つくった料理を夢中で食べていると簡単によろこぶ。何年も一緒にごはんを食べてきたけど、ようやくおばあへの接し方がわかってきた気がする。そんなことを考えながら、居間に戻ると――
食卓にはカップケーキが乗っていた。四個入りのプラスチックケースにはひとつしか残っていない。機嫌を良くしたおばあが、食後のデザートとして僕に出してくれたのだろう。これから〝炊いたん”のお代わりを食べるところだし、こんな重たそうなデザートが入るだろうか。とはいえ、カップケーキなんていつぶりだろう。すごく楽しみ。などと思っているとおばあの手が伸びてきて――
ひとつ残ったカップケーキを掴んで、がぶりとかじった。そして唖然としている僕の目の前で、あっという間に平らげてしまった……。
さっき思ったことは取り消さないといけない。単純なのは僕の方だ。
おばあのことが理解できるようになるまであと何年かかるのだろうか。それまで生きて……いや、あの食べっぷりならまだまだ長生きしてくれるはず。そう思うと何だかうれしくなって、ゼンマイとタケノコの束を口に運んだ。