メニュー
・焼きナスとスライスきゅうりのサラダ
・えんどう豆のたまごとじ
・味の素〈冷凍ギョーザ〉
・商店街の肉屋のコロッケ
・みそ汁
小松菜、豆腐、玉ねぎ、青ネギ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
おばあがつくる晩ごはんには必ずサラダがついている。生野菜と茹で野菜を5種類ほどミックスしたもので、これを毎晩欠かさず用意するにはけっこう手間がかかるはずだ。しかもキャベツの千切りはただ切ったものを盛り付けるのではなく、軽く水にさらしてザルにあげるひと手間を加え、パリッとした食感とみずみずしさが増している。
おばあがサラダを出すようになったのは今から5年か6年ほど前のこと。はじめのころは、キャベツを刻んで茹でただけのものだった。おばあはなぜかキャベツを食べてさえいれば健康が保てると信じていて、「茹でると、かさが減ってようけ食べられるんや。せやから体にええんや」と茹でキャベツをつくる理由を口にした。
ところがその後、夕飯どきに見ていたテレビの情報番組で、野菜は生のほうが栄養が壊れにくく健康にいいという話をやっていた。するとおばあはあっさりと前言をひるがえし、翌日には生のキャベツの千切りが食卓に並んだ。滅多なことでは人の忠告を聞き入れない頑固なおばあも、自らの健康に繋がる情報だけは柔軟に取り入れてしまう。
それからまた別のテレビ番組で、ブロッコリーの栄養価が高く、食べ続けるとガンになりにくいという内容を放送していた。するとおばあは翌日に、ブロッコリーをサラダに加えた。同じようにトマトやアスパラガスも、テレビ番組の情報をおばあが次々と取り入れ、サラダが豪華になっていった。最近ではほうれん草が追加された。
野菜といえばじゃがいもや大根を煮たようなものしか食べていなかったおばあが、なぜサラダを毎晩の食事に欠かさないようになったのか。以前、聞いてみたことがある。
「野菜を食べえと、医者にいわれたんや!」
という答えが返ってきた。おばあは野菜の元の味がわからなくなるほど、サラダにはドレッシングをたっぷりかける。好きで食べているというよりも、健康を保つために薬のような感覚で口にしているのだ。
今晩の献立はやけに野菜の緑色が目立つ。いつものサラダの他に、焼きナスと生のきゅうりのスライスを盛り付けた一品は、夏を先取りした涼しさを感じる。えんどう豆のたまごとじは、ごはんの茶わんに一杯ぶんはありそうなほどの量が山盛りだ。さらにみそ汁には青ネギに小松菜がプラスされている。
今晩の主役は緑の野菜たち。メインのはずの餃子や、名脇役の肉屋のコロッケが存在感を奪われている。今は季節の変わり目で、体調を崩しやすいから、野菜を多くとって健康を維持しようとおばあは考えているのかもしれない。
そういえば近ごろ、急に暑くなった気がする。僕は今日、自宅に扇風機を出した。食べ過ぎで太ってきたうえに、体の代謝を上げて痩せようと昼間に筋トレをしていて、暑さに耐えきれなくなったのだ。数日前の夜から寝ているあいだに布団をはいでしまい、風邪をひきかけていて、たまに咳が出るようになった。だけど暑さにはかなわない。
きゅうりのスライスと焼きナスには、さっと醤油をかけて食べる。ナスは焼いて皮をむいたものを冷蔵庫に入れて冷やしてある。きゅうりと一緒に食べると口の中がひんやりとする。ナスのやわらかさと、スライスしたあと水にさらしたらしい、きゅうりのパリッとした新鮮な食感も楽しい。えんどう豆のたまごとじは頬張るとほくほくとして、いかにも栄養がありそうな滋味深い味わい。
やはり季節を先取りした旬の野菜を豊富にメニューに取り入れることで、一段と暑くなりそうな今年の夏を乗り切る体をつくろうと、おばあは考えているのだろう。
「これだけ野菜いっぱい食べたら、おばあは今年の夏も健康でいられるな」
と僕はいった。するとおばあが突然、声を張り上げた。
「何いうてんねや! お前こそ、たまに咳しとるやろ! 人の心配する前にそれ治せや!」
おばあは自らの健康というより、僕が風邪気味なのを気にかけて、緑の野菜がたっぷりの献立を用意したということか。おばあの前では咳はしていないつもりだったのに、僕の体調はお見通しだった。今日の昼間に扇風機を出したことはしゃべらないでおこう。風にあたると風邪をひくぞと怒られそうだ。
黙って食事を続けていると、
「布団、ちゃんとかけて寝てへんのやろ! 気いつけや」
とおばあがいった。そんなことまで見抜いているのか……。僕は返す言葉が見るからず、うつむいて、えんどう豆をひと粒ずつ口に運んだ。