おばあにとっては刺し身でも”サケ” 初めて食べる!?サーモンの刺し身

メニュー
・刺し身
サーモン、マグロ、イカ、パセリ、大葉、大根
・茹でもやし
・たけのこの炊いたん(4日め?)
・みそ汁
豆腐、白菜、わかめ
・ごはん

今晩のまぐろの刺身は見るからにいつもと違う。赤い宝石のような鮮やかな発色が感じられず、全体が黒ずんでいる。厚みはうすく、表面には水がにじんでいて張りもない。マグロの刺し身というより、材料をケチって失敗した水ようかんみたいだ。サーモンの刺し身が食卓に並んでいるのも珍しい。これをおばあが買ってきたのは、はじめてのことかもしれない。

おばあが魚を買うのは決まって商店街にある魚屋だ。取り扱う魚の鮮度が抜群で、煮ても焼いても刺し身でも、そこらへんのスーパーで売られている魚とは比べ物にならないほどおいしい。僕も見た目で違いがわかるようになり、一般的なスーパーに並んでいるパックの刺し身を見かけてもあまり食欲をそそられなくなった。例えばマグロの刺し身なら、色は黒ずみ、身に締りがなくて水っぽい。それがなぜか、夕飯の席に着いた僕の目の前にある。

おばあは刺し身を、商店街の魚屋とはべつのところで買ってきたのだ。おばあは僕よりも食べものの味にはうるさい。近ごろ舌が肥えてきたとはいえ、僕は基本的に何でも食べるけど、おばあは味が気に入らなければ容赦なく残す。そもそも商店街の魚屋の扱う魚が気に入り、他で買わなくなったのはおばあだ。それなのにどうして、わざわざ鮮度の落ちた刺し身を買ってきたのだろうか。特売で安かったとしても、おばあは味がいい方を選ぶだろう。

顔を上げると、テーブルの向かい側の席のおばあは、サーモンの刺し身を小皿の醤油に浸していた。黒い滴をしたたらせて箸先のサーモンを高く持ち上げ、下で待ち受けるように開けた口に運ぶ。そして僕と目が合うと、口を動かしながら満足そうな笑みを浮かべた。

僕もサーモンをひと切れ口に入れる。サーモンを食べたのは久しぶりだ。一年ほど前に友達と行った回転寿司屋だった気がする。そこで口にしたものと今食べているものの違いがわからない。とろっとしいて甘味があって、特に鮮度が落ちているようには感じない。

僕にはサーモンの刺し身の良し悪しがわからないのだ。商店街の魚屋で買ってきたものを一度も食べたことがないからだ。刺身用のサーモンは、すべて養殖もので、しかもほとんどが輸入品だとNHKのテレビ番組で見たことがある。スーパーよりも上質な魚で勝負する商店街の魚屋が、養殖で輸入されたどこで買っても違いがないサーモンの刺し身を売っているとは思えない。

「サケの刺し身、うまいやないか」
口の中のものを飲み込むと、おばあはいった。おばあにとってこの刺し身はサーモンではなくサケなのだ。商店街の魚屋は塩焼き用のサケの切り身なら売っているけど、やはり刺し身用のサーモンは並んでいないのだろう。

サケもサーモンも近い種類だけど、海を回遊するサケには寄生虫が寄生していることがあって生では食べられない。だから寄生虫がつかないよう管理して養殖したサーモンだけが刺し身で食べられる。これもNHK情報。

おばあはスーパーの店頭か、テレビの番組で見た「サケの刺し身」を食べてみたかったのに違いない。そこでスーパーに行って手にしたパックには、サーモンの他にマグロも一緒に入っていた。だからいつもより質の落ちたマグロの刺し身がサーモンと同じ皿に盛られているのだろう。

食事を終え、おばあが台所のシンクに持っていこうとしている皿にはマグロがひと切れ残っていた。
「”サケ”の刺し身だけ売ってるスーパーなら知ってるで」
と僕はいった。おばあは振り向き、大きく開いた目で僕を見据えた。プライドの高いおばあは「教えてほしい」と素直にいわないだろう。僕がいうまで、そのまま動かないつもりだ。