メニュー
・知らん魚の炊いたん(魚屋で惣菜)
・知らん魚の揚げたん(魚屋の惣菜)
・煮物(3日め)
手羽元、厚あげ、たけのこ
・なます(4日め)
大根、にんじん、さば
・みそ汁
白菜、豆腐、わかめ、青ネギ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
おばあがひいきにしている商店街の魚屋は、目利きの店主がいて、そこらへんのスーパーとは比べ物にならない上質な魚を取り揃えている。まぐろの刺し身は赤い宝石のように輝き、サバでも鯛でも切り身を焼けば、張りのある身から溶けた脂がほとばしる。
新鮮な魚を使った煮魚やフライなどの惣菜も充実している。これもおばあが商店街の魚屋を気に入っているポイントらしい。調理が面倒なときはよく、この店で出来合いの魚料理を買ってくる。おばあがつくった出来たての魚料理には負けるけど、他のところで買ってきたものより格段においしい。
だからといってなぜ、今晩の食卓には煮魚と魚のフライが同時に並んでいるのだろうか。どちらも献立のメインとなるおかずだ。煮魚はおばあがどうしても名前を覚えられない立派なアイナメ(黒色)。それが丸ごと一匹、長い尾びれをはみ出させて皿にのっている。
フライのほうは、定食なら2切れで十分なほどの大きな固まりが5切れも盛られている。おばあは一切れを素手で掴んで、自分のサラダの皿にのせた。それでも僕のぶんは4切れもある。衣から黒っぽい皮と白い身が透けて見える。魚の種類をおばあに聞いてみると、
「魚の名前はなんやいうてたけど……知らん! そんなん、なんでもええやろ! 知らん魚の揚げたんや!」
魚屋から名前を聞いていたのに忘れたことを怒ってごまかした。
煮魚もフライもそれぞれ、おばあがテーブルに持ってくる直前、台所から電子レンジが温め終えた音がした。魚屋で調理されたものを買ってきたのだ。おばあは以前、家でアイナメを煮ていたときに、わざわざ僕に電話して、調理している様子を見に来させた。あのとき、ぐつぐつと煮える鍋の前に立っていたおばあの表情は自信に満ちていて誇らしげだった。
それとは反対に、出来合いの料理を買ってくることは、何十年ものあいだ誰かに料理を作り続けてきたおばあに罪悪感を抱かせるらしい。だけど電子レンジで温めるだけでおいしく食べられる利便性も捨てがたい。それらの相反する価値観のあいだでおばあは葛藤したのに違いない。そこで主役級の魚の惣菜を2種類も買ってきて食卓を飾ることで折り合いをつけたのではないか。
ちかごろの平均気温と重なるように、ぐんぐん食欲が高まっている僕としても、おかずが多いのはうれしい。まずはフライにかぶりつく。電子レンジで温めているので衣はすこし湿気ているけど、まだサクサク感は残っている。肉厚の身は噛むとほどよい弾力があり、ほんのりと甘い脂を染み出させながらほどけてゆく。付け合せのレモンを絞ると、さっぱりとした酸味が、ジューシーで淡白な白身魚のおいしさを引き立てる。
おばあが調理したものより醤油の味が強めの煮魚も、これはこれで悪くない。皿の端にたっぷりと盛られている、昨日おばあが大量にすりおろした生姜のさわやかな辛味みが絶妙に合っている。
僕はまたたく間に煮魚を半身、フライを2切れ腹の中に収めた。最近、太ってきている僕は、おばあからごはんのおかわり禁止を通達されている。だからまだまだ、僕の胃袋にはおかずの入る余裕がある。さらにもう一切れのフライに勢いよく箸をつけると、おばあが話しかけてきた。
「まさか、揚げた魚、全部食べてしまうんちゃうやろな?」
「そのつもりやったけど、食べすぎかな?」
「さすがに食べすぎや! 半分は残すと思って大きい皿のまま出したけど、最近のお前の食べっぷりを甘く見とったわ」
「そうや。あるものは全部、食べてしまうで」
「ごはんのおかわりさせへん代わりに、魚の煮たんも揚げたんも買ってきてやったんや。もう、それくらいで我慢せえや」
そうか。出来合いの料理を買うことへのおばあの個人的な罪滅ぼしというより、僕のダイエットのために魚料理を2品も用意してくれたのだ。だったらなぜ、カロリーの高い揚げ物を選んだのだろうか。おばあに聞いてみると、
「食べたかったからや!」
とのこと。結局、僕のためでも罪悪感に折り合いをつけるためでもなく、おばあが食べたいものを買ってきただけだったのか……。何だか腹が立ってきて、僕はふたたび勢いよくフライを箸で掴んだ。おばあが口を開いて、何かいいかけたのにも構わず、僕は箸先のフライをおばあのサラダの皿の上に放り投げるように置いた。もうひとつも同じようにした。おばあはそれを、最後までとっておいてラップに包んだ。翌日の昼食にするのだろう。