おばあと孫(男)が、ちらし寿司で祝うひな祭り

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・ばら寿司(ちらし寿司)
切り干しにんじん、こんにゃく、かまぼこ、ごぼう、れんこん、たけのこ、しいたけ、えんどう豆、紅しょうが、錦糸たまご
・すまし汁
はまぐり、たまご、三つ葉
・ヒラメの刺身
・野菜
生:トマト、キャベツ、きゅうり 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・和菓子(ひな祭り)

おばあがかけてくる電話はいつも一方的で、僕に返事や質問を挟ませない。今日も昼過ぎに電話がかかってきて、
「今から、ばら寿司混ぜるで!」
とだけいって切れた。だから何なんだ。そもそもばら寿司って何だっけ。わざわざ電話で伝えてくるということは、きっと混ぜているところを見にきてほしいのだ。今日僕は自宅にいたので、歩いて数分のおばあの家に向かった。

居間の戸を開けると、酢の香りがした。テーブルにのった大型のトレーにはごはんの山ができている。その隣にあるのは細かく刻んだ食材が入った鍋。僕がテーブルに近づくと、おばあは鍋の中身を一気にトレーに投入した。すかさず鍋をしゃもじに持ち替え、それを縦に切るようにごはんの山に差し込み、底からひっくり返して具材と混ぜる。

量が多くて大変そうだ。僕が手伝うといっても、おばあは無言で作業をつづけてしゃもじを渡してくれない。平然とした表情を見ていると、大量のごはんを片手の力だけで混ぜているようには思えない。しゃもじ一本で軽々と、ごはんと具材を操っている。それを僕は黙って見守る。

ごはんと具材がしっかり混ざると、10個ほどの丸い容器に詰めていく。その上から錦糸たまごと、刻んだえんどう豆、紅しょうがをのせて彩りを添える。そういえば、おばあがいう「ばら寿司」とは、ちらし寿司のことだった。

今日は3月3日、ひな祭りだ。めでたい日に食べるちらし寿司を、おばあは知り合いにも配るのだろう。

夕飯は豪華だった。ちらし寿司に、大きなはまぐりがたっぷりのすまし汁、ヒラメの刺身、お雛様をかたどった和菓子まで並んでいる。ちらし寿司には、十種類もの具材が入っていて、ひと口ごとに食感が違って楽しい。酢が効きすぎていなくて食べやすい。ちらし寿司がこんなにおいしかったなんて。

それにしても、ひな祭りは女の子の節句だ。手の込んだ特別メニューを食べているのが、いい年の男の孫だということをおばあはどう思っているのだろうか。

テーブルの向かいのおばあに目をやると、茶碗2杯分はあるちらし寿司などの料理をすっかり平らげていた。ピンクの小さな和菓子に手を伸ばし、底の容器と一緒に持ち上げる。それを両手で大事そうに掲げ、角度を変えて眺めた後、ぱくりと一口で食べた。顔じゅうに笑みが広がる。おばあにとって目の前の孫が男か女かは関係ない。おばあ自身がひな祭りのメニューを食べたかったのだ。

もしおばあがひとり暮らしだったとしたら、今日のメニューは用意していなかっただろう。めでたい料理を食べるのがひとりだと、かえって寂しくなる。

とにかくおばあが今の歳で、ひな祭りを楽しめてよかった。そう言葉にして言おうと思ったけど、高齢のおばあの桃の節句を祝っているようで変な感じがする。僕は食事を終えて、今日の料理の感想を伝え、来年もまた必ず食べさせてほしいといった。