鰻とちゃうんか、おばあ!? 熱中症に効く魚

顔じゅうを覆う汗の生ぬるい感触で目が覚めた。枕に敷いたよだれ除けのタオルが、汗でじっとりと濡れている。壁に掛けたアナログの温度計に目をやると、まだ午前中なのに33℃を示していた。エアコンの電源を入れ、テレビをつけると、自室で寝ていた高齢者が熱中症で亡くなったというNHKのニュースをやっていた。僕もこれからは一晩じゅうエアコンをつけていないと危ないかもしれない。3時間のタイマー機能で電気代を節約しても、熱中症にかかればろくに仕事もできなくなる。死んだりしたら元も子もない。

近くに住んでいるおばあも、たしかエアコンをつけずに寝ている。扇風機は使っているけど、風量は最低で首振り状態。ここ最近の異様な暑さをしのげるほど涼しくなるとは思えない。僕よりずっと早起きのおばあが、まだベッドの上でぐったりと横たわったまま、ということも……。

僕はベッドから飛び起きると、おばあの携帯に電話をかけた。2コール目でつながって
「なんや!」
と力強い声がした。その背後から、今日も全国的に気温がぐんぐん上昇しているというニュース番組の音声が聞こえてきた。おばあは今のところ元気そうだけど、気温はこれからまだ太陽と共にのぼっていく。
「今、クーラーつけてるんか?」
僕の問いにおばあは
「朝からつけてるわ! このクソ暑いのに、熱中症なるで」
と意外な返事。さらに続けて
「お前もクーラーくらいつけや!」
と珍しく僕を気づかうようなことをいう。そういえば、僕はさっきからエアコンが吐き出す冷気を直接浴びているけど、汗が引かない。頬に手をやると、風邪で微熱が出たときのようにじんわりと温かい。僕の方こそ軽い熱中症にかかっているのかもしれない。それに、いつも寝起きはお腹が減っているけど、今日は食欲があまりない。こういうときこそちゃんと食べて栄養をとらないと体がもたない。
「おばあ、今日の晩ごはんは食べやすくて力がつくものにしてや」
僕は夕飯のリクエストをした。するとおばあは、
「よっしゃ!」
と頼もしい返事を残して、一方的に通話を終えた。

クーラーの効いた部屋で夕方まで仕事をしていた僕は、かなり体調が良くなった。朝と昼に食べた大きなおにぎりは、少しずつ残したけど、夕飯の時間が近づくと普段と変わらず空腹を感じた。

今晩はおばあが腕によりをかけた料理を用意してくれているはず。例えば、野菜や肉などの具材をたっぷり乗せた、おばあ特製のそうめんなら食べやすくて力がつきそうだ。唐揚げとかトンカツとか、こってりした揚げ物でも体調が回復した今なら大歓迎。

栄養がある夏の食べ物ということで、今年初のうなぎ、という可能性もあるぞ。うなぎはおばあも好物だし、僕の要望に応えるという口実で久しぶりに買ってきてくれるかもしれない。あの力強い返事は、うなぎが食べられるよろこびがこもっていたからに違いない。

朝起きたときのように全身から吹き出る汗にもかまわず、僕はおばあの家に早足で向かった。居間の戸を開けテーブルに目をやると、そこには……うなぎどころか、揚げたての揚げ物も具だくさんのそうめんもなかった。

子持ちししゃもや紅白なますなど、祖母(おばあ)がつくった晩ごはんのメニュー

メニュー
・子持ちししゃもの焼いたん
・紅白なます
サバ、大根、にんじん
・コロッケ(買ってきた)
・たけのこの炊いたん
・サラダ
生:玉ねぎ、トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

祖母(おばあ)が買ってきたコロッケ

出来合いのコロッケや、

祖母(おばあ)がつくった紅白なます

つくり置きの紅白なます、

祖母(おばあ)がつくったタケノコの煮物

タケノコの煮物といったこれまで幾度となく口にしてきたメニューに、

焼いた子持ちししゃも

メインは子持ちししゃも。あのおばあの自信ありげな返事はなんだったんだ。ししゃもなんて、他のメニューと同じくしょっちゅう食卓に並んでいるじゃないか。ただ、普段は2尾くらいで副菜扱いだけど、今晩は5尾が一皿に並んでいて、メインのメニューだということが一目でわかった。

僕が席に着くと、テーブルの向かいのおばあが、
「お前、ししゃも好きやったやろ」
とあまり見せない満面の笑顔でいった。まあ好きではあるけど、うなぎのほうがもっと好きだ。そう思ったけど、おばあの笑顔を目にすると、口には出せなかった。僕が黙ってうなずくとおばあは
「食欲なくても、これなら食べれるやろ」
と誇らしげに胸を張った。

まさかおばあは、僕が小さい子どもだったころのことをいっているのか。幼い僕は好き嫌いが激しかったけど、たしかにししゃものたまごをほぐしてごはんに乗せたものはよろこんで食べていた。あれからもう30年近く経った今でも、僕の食べ物の好みは変わっていないとおばあは思っているらしい。

そうか。普段から僕がおばあに意見をいうと怒られるのは、おばあは僕に対して、幼稚園児のころと変わらないような感覚を抱いているからじゃないのか。いや、まさか、そんなはずはないだろう。僕はもう30代の中盤にさしかかっている。幼稚園児から見れば、立派なおじさんだ。などと考えを巡らせていると、
「さっさと食べや!」
とおばあが大声で急かす。声の調子はいつものようにきつくても、表情はやわらかい。

僕はししゃものたまごをほぐして、ごはんに乗せはじめた。こんな食べ方をするのはいつぶりだろうか。幼かったあのころは、おばあが手づかみでほぐしてくれていた。5尾ぶんのたまごを乗せ終えると、懐かしい景色がごはんの上にあった。ひとかたまりのたまごとごはんを一緒に口に運ぶと、今より皺が少ないおばあの顔を思い出した。テーブルの向かい側に目をやると、あのころと同じ表情で僕を見ているおばあがいた。

ししゃものたまごをごはんに乗せたししゃも丼

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