鮎は“煮てもうまい”だって!?
僕の祖母、おばあが毎年、夏になると夕飯に出してくれた清流の女王、鮎。それが10月の今、商店街の魚屋のお買い得品コーナーでひしめいている。
夏の風物詩が、どうして、秋の訪れを感じる今になって……。最近まで猛暑が続いた異常気象で、サンマみたいに鮎のとれる時期がずれているのか!?
店主に聞いてみると、
「そら、養殖やからね」
と謎はあっさり解決。
さらに商売上手の店主から
「にいちゃん、今日のおすすめや。焼いても、煮てもうまいよ!」
と宣伝文句とともに、気になる情報が。
鮎といえば塩焼きしかないと思っていたけど、“煮てもうまい”だって!?
おばあもこれまで――
塩焼きしか出してくれたことがない。
ふたたび店主にたずねると、甘露煮にすると絶品らしく、
「甘辛い味と内臓の苦いのが、よう合う」
とのこと。
鮎の甘露煮なんて、たぶんおばあも未知の領域だ。でもおばあだったら、はじめてでもおいしく“炊ける”はず。そんなおばあのような“炊いたんマスター”を目指す僕にとって……これは挑戦しないわけにはいかない!
そう決意して5匹購入。
さらに八百屋に寄ると、今度はお買い得品コーナーに、秋の味覚、栗を発見! おばあの故郷の特産で、僕も大好物の栗。これも、買うしかない!
というわけでーー
これが商店街で買ってきた鮎と栗。
栗の調理は茹でるだけ
まずは、茹でるのに時間がかかる栗を――
軽く洗う。そして水を張った鍋に適当に塩を溶かし、栗を入れて火にかける
はじめは、やや強火で――
沸騰したら火を弱め、あとは30分から40分くらい炊くだけ。
鮎の甘露煮も意外と簡単
鮎はまず洗って――
腹を肛門に向かって軽くしぼってフンを出す。今回は出なかったけど、内臓も丸ごといただくので、洗うついでにやっておく。
調味料は――
醤油、酒、みりん、砂糖をだいたい大さじ3ずつ。水を250mlぐらい。味見してちょっと濃いめに調整する。
これを全部――
鍋に入れて火にかける。
そこに、におい消しのショウガが……冷蔵庫に残っているとばかりと思っていたけど……ない!
こんなとき、“炊いたんマスター”のおばあだったら、あるものでなんとかするはず!
そこで、買い置きしてあるもののなかから、におい消しになりそうな――
玉ねぎをたっぷり投入!
これをぐつぐつと少し煮たら――
鮎を入れ――
落しブタをして15分ほど煮る。そして落としブタを取り、汁気が少なくなるまで煮詰めると――
完成だ!
見た目と香りはちゃんと甘露煮になっているけど、玉ねぎを入れた影響が、正直ちょっと心配……。
それはそうと、ずっと茹でていた――
栗を40分ほどでザルにあげて、こっちもできあがり! 久々の栗、めちゃくちゃ楽しみ! ただ大変なのは、皮をむくときだけど……。
おばあにも食べさせたい!?鮎の甘露煮と茹で栗
できた料理を食卓に運んで――
いただきます!
メニュー
・鮎の甘露煮 玉ねぎ入り
・野菜たっぷり味噌汁
小松菜、玉ねぎ、もずく、エノキ、シメジ、ニンジン、キャベツ
・納豆
・茹で栗
・ごはん もち麦入り
まずは、やっぱり――
鮎の甘露煮から!
箸でつまむと、ほろほろと身がほぐれる。煮汁が煮詰まるまで炊いたから、頭の骨も簡単にくずれる。
頭からガブり! とかじると、骨まで柔らかい。それに想像以上に……甘い。砂糖とみりんの味付けに、加熱した玉ねぎの甘味が加わっているからだ。だからといって甘すぎず、鮎の淡白な身と内臓の苦みが合わさって、濃厚な深みのある味わいに。
鮎は炊いても、めっちゃおいしいで、おばあ! と叫びたくなる。これも、いつかおばあに食べさせたいメニューに決定!
それにしてもこの鮎の甘露煮、一口食べると、ごはんをかき込まずにはいられない。この一皿だけでごはんがどんどん消えていく。
他のおかずも――
甘露煮を炊いている間に作った野菜たっぷりの味噌汁は、野菜のうまみが染み出して、かつおだしとの旨味の相乗効果で……これまたごはんに合う。さらに―ー
納豆まで開けてしまった。もうごはんは、茶碗1杯ではおさまらない。
でも、おかわりするわけにはいかない。なぜなら、これもお腹にたまる――
山盛りの栗が、満腹で食べられなくなってしまうから!
栗は最後にデザート感覚で食べるつもりだったけど、もう我慢できない。
面倒な栗の皮むきで気づくこと
キッチンばさみで半分にして、皮をむく。表面の固い“鬼皮”はわりと簡単にはがれるけど、内側の“渋皮”が実にはりついてむきにくい。
それでも“渋皮”を少しずつ取り除いて口に入れると……甘くてホクホク! ホクホク系のさつまいもみたいだ!
この皮をむき作業、以前は面倒なだけだと思っていたのに、むき栗をただ口に入れるより、味わいが増す気がする。
以前、おばあも故郷の愛媛から送ってもらった栗を、大量に茹でててむいて、栗ごはんにしてくれた。その皮むき作業の最中、ぱくぱくとつまみ食いしていた。あれは、自分でむいた栗がよっぽどおいしかったからにちがいない。
僕も今になってようやく、おばあの気持ちがわかった気がする。面倒としか思えない作業が、苦にならないどころか、その先にあるよろこびがさらに大きくなるなんて。きっと歳をとり経験を重ねて、つらいことの先にある楽しさを実感できるようになったからだ。
そういえば、食べることだけじゃなく、日々の生活で身に起こるさまざまなことが、ちょっと面倒なことでも、近ごろなんだか苦にならなくなってきた。
料理の腕はまだ遠くおよばないけど、いつもあっけらかんとして前向きだったおばあの心持ちに、近づいてきているみたいやで、おばあ!
そう心の中で叫びながら、皮がなかなかむけずボロボロになった栗を口にいれた。