おばあの独創アレンジ、ちょい足しをこえた山盛り具材のレトルトカレー

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居間の戸を開けると、空腹を刺激する香りがふわりとただよってきた。これは、たしかに僕の好物……だけど、それにしては香りがうすい。おばあの手づくりなら、ぐつぐつ煮える大鍋から立ち上った香りが、家じゅうに充満しているはず。ということは今晩も、この前と同じくレトルトということか……。

「なに、そんなとこで突っ立っとるんや! 今日はカレーや! 自分で入れてこい!」
席についてテレビを見ていたおばあが、大声でいった。

やった! やっぱり今晩はカレーだ! と少し前なら、子どものようにはしゃいで台所に駆け込んでいた。だけど今は、素直に喜べない。僕はインドカレーでもパキスタンカレーでも、カレーなら何でも好きだけど、なんといっても一番は、おばあのつくった牛すじカレーだ。それが今や、出来合いのレトルトしか食べられないとは……。

玉ねぎを焦がさず長時間炒めるのも、大量の牛スジを何度も茹でて、余分な脂を抜く下処理をするのも、85歳のおばあには酷な作業だというのはよくわかる。だからといって僕が手伝おうかと申し出ても、決して首を立てには振らない。おばあの聖域である台所では、孫といえども周りで動き回られたくないらしい。

とはいえ、まだ希望はある。おばあは先日、レトルトカレーに独自のアレンジを加えていた。底の深いフライパンに、レトルトカレー数パックぶんの中身を移し、具材を加え、水分が飛んでペースト状になるまで煮詰めていた。そうすることで、誰がつくっても同じ味になるレトルトカレーが、今まで味わったことのないほど濃厚で独創的な一品に生まれ変わった。ただし味も濃すぎて……決してまずくはないけど、正直おいしいともいえなかった。

でもあのカレーをさらに進化させれば、レトルトの手軽さと、手づくりのおいしさを兼ね備えた新しいカレーに仕上がるかもしれない。さらなるおいしさを求めて、さまざまな料理に工夫を重ねてきたおばあなら、きっとできるはずだ。

そう考えると、今晩のレトルトカレーも楽しみになってきた。今晩も新たな工夫を加えているのに違いない。そんな期待を胸に台所に向かうと、鍋の中にあったのは――

湯せんで温めているレトルトのレストラン仕様カレー

レトルトそのまんまやんけ! この前のようにパウチの中身を鍋に出し、ひと手間もふた手間も加えたというわけではなさそうだ。工夫といえば、あらかじめ切り口を開けてくれていることくらい。そんなのは自分でやるからいいんだよ! もっと手を加えるべきところがあるやんか!

鍋に張っていた湯が、ほとんど干上がっているのも気になる。レトルトカレーを温めていることをすっかり忘れて、夕方の情報番組にでも夢中になっていたのだろう。おばあは近ごろ忘れっぽくなり、何をするのも面倒くさがるようになった。歳を取れば仕方ないこととはいえ、実際にその様子を目の当たりにすると、胸のあたりが締め付けられるような、何ともいえない気持ちになる。

得意料理だったはずのカレーが、こんな状態になるなんて想像もしていなかった……。いや、まだわからないぞ。今までになかったトッピングを用意しているかもしれない。それを出し忘れているということも、じゅぶんあり得る。恐る恐る冷蔵庫を開けてみると――

カレーの具材に用意した、パック入りのマスタードチキン

あった! パック入りの鶏肉の唐揚げだ。しかも普通の唐揚げではなく、黄色っぽいソースがかかっていて、“マスタードチキン”と書かれている。名前からしてスパイシーで、これは間違いなくカレーに合うぞ! カレー皿にごはんを盛り、その上にマスタードチキンを乗せると――

カレー皿に入ったごはんの上に、マスタードチキンを乗せたところ

もうこれだけでおいしそう! やっぱりおばあはこれを、カレーのトッピングとして買ってきたのに違いない。そこへレトルトカレーをかけて、食卓に持って行く。

レトルトカレーや鮎の塩焼き、味の素のシューマイなど、祖母(おばあ)がつくった晩ごはん

メニュー
・カレー(日本ハム「レストラン仕様カレー(辛口)」
トッピング:マスタードチキン
・鮎の塩焼き
・シュウマイ(味の素冷凍食品「プリプリのエビシューマイ」)
・タコとキュウリとワカメの酢の物
・もずく酢
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、ミニトマト、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス

日本ハムのレトルト「レストラン仕様カレー」にマスタードチキンや牛肉などを加えたカレーを皿に盛ったところ

レトルトカレーは“レストラン仕様”という名前だけあって、欧風カレーのまろやかかつスパイシーな香りが立ち上ってくる。さっそくマスタードチキンと一緒に口に運ぶと、思った通り……いや、それ以上だ!

独り暮らしのころに食べ慣れた、レトルトの欧風カレーの上品なおいしさに、マスタードの辛味が新鮮な一撃を加えている。大ぶりで武骨な鶏肉も食べごたえがあって、このカレーとマスタードの刺激的な味にぴったりだ。

おばあはこのおいしさを、食べる前から予想していたのか!? さっき忘れっぽくて面倒くさがりだなんて思ったことを謝りたい! ごめんよ、おばあ。

このカレー、うまいよ! とひと言伝えたいけど、おばあは向かいの席で、頭をだらりと前に垂らして眠りこけている。僕が来る前に食事を終えて満腹になり、眠気をこらえられなかったのだ。

それにしても、テーブルの上はカレー以外のおかずも充実している。最近、おばあがハマっている――

味の素冷凍食品「プリプリのエビシューマイ」をレンジで温めたもの

味の素の「プリプリのエビシューマイ」をはじめ、

祖母(おばあ)が夕飯に出したモズク酢

もずく酢、

祖母(おばあ)が作ったタコとキュウリとワカメの酢の物

酢の物という、酸っぱい箸休めに加え、年に1度、食卓に出るか出ないかという珍しい――

晩ごはんで食べた鮎の塩焼き

鮎の塩焼きまである。骨ごとかじると、清涼感のある爽やかな香りが鼻に抜ける。塩の効いた味わいは淡泊で、そのままでもごはんと一緒でも、カレーとも合う。

カレーを食べすすめていると、妙なことに気が付いた。レトルトカレーに入っている牛肉が――

日本ハムのレトルト「レストラン仕様カレー(辛口)」を食べている途中

明らかに多すぎる。スプーンですくうと、一口ごとにもれなく牛肉がついてくる。ニンジンの形も、やけに小さくて平べったいし……。これはもう、おばあがあらかじめ具材をたっぷり追加していたとしか思えない。そうか、レトルトカレーのパウチの口が開いていたのは、具材を加えるためだったんだ。具材が多いのはうれしいけど――

「ここまでするなら、イチからつくればええやん!」
僕はいわずにはいられなかった。それでも、向かいの席で眠るおばあはこっくりと頭を揺らしただけで、また静かに寝息を立てはじめた。