「ママーを茹でたから、台所に行けや」
とおばあがいう。ママーで茹でるものといえば、あれしかない。台所に行ってみると、思った通り、茹でたパスタが皿に盛られていた。
おいしいパスタの茹で加減といえば、すこし芯の残ったアルデンテ。一方、おばあが好きな麺の固さは、箸で持てないくらい伸びきった超やわらかめだ。麺というより、ほとんど離乳食に近い。それにおばあは最近まで、パスタを茹でたことがなかった。この前、僕が茹で方をレクチャーしたけど、人のいうことを聞き入れたためしがない頑固者のおばあには、到底おいしいパスタは茹でられないだろうと僕は思っていた。
まだ湯気を立てているパスタは、ぶよぶよに伸びきっているわけではなく、むしろ固めでおいしそう。夕飯を食べに来た僕を、わざわざ台所に行かせて、茹でたパスタを見せたのは「一度、見ただけで、茹で方を覚えたんやぞ」と、おばあの記憶力と料理の腕前をアピールしたいからに違いない。おばあはケータイのメールの見方だったらすぐに忘れてしまうけど、料理のことになると、たしかに頭脳はさえている。
だけど何かがおかしい。一本つまんでみると、理由がわかった。パスタの長さが、食べなれたものの半分くらいしかない。世の中には「ショートパスタ」があるくらいだから、もしかして長さが半分の「ハーフパスタ」というものもあるのだろうか。
近くにあった「マ・マー スパゲティ1.6mm」の袋の中身を取り出してみると、見慣れたパスタの長さだった。おばあはこの細い棒状のパスタを、ポキポキと半分に折って、沸騰した鍋に投入したのだ。折らないと入らないほど鍋が小さいわけでもないのに、なぜそんなことをしたのかわけがわからない。
コンロの上のフライパンの中では、赤いミートソースが温められていた。シンクの三角コーナーには、空になった銀色のレトルトパウチが捨てられている。袋ごと湯せんで温めるタイプのミートソースを、なぜかおばあはフライパンに絞り出し、火にかけたのだ。水分が飛んで、濃縮されたミートソースは、唐辛子たっぷりの豆板醤かコチュジャンのようになっている。
そして、激辛に見えるミートソースよりも、半分になったパスタよりも気になるのは、皿に盛られた三色の、キュウリとハムと、錦糸たまご……。おばあよ、なぜパスタに、このトッピングを選んだのだ。そもそも、ミートソースパスタに、あと乗せの具材がなぜ必要なんだ。僕がこの前、教えたことを、おばあは完全に無視してやがる。それとも夏の間、冷やし中華風そうめんをつくりすぎて、パスタの記憶とまざってしまったのか。
ミートソースだけだと濃縮されていて量がすくないし、ここはおばあを信じて、冷やし中華の具材も一緒に乗せてみることにする。
メニュー
・ミートソースパスター冷やし中華風ー
パスタ(マ・マー スパゲティ 1.6mm)、キュウリ、ハム、錦糸たまご
・たまご焼き
・冷奴
絹ごし豆腐、かつお節
・白菜キムチ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
パスタに合わせる今日のおかずは、たまご焼きに冷奴、キムチ! おばあは洋食だとか和食だとか、そういう食のジャンルはまったく意識していないらしい。でもパスタの見た目は、豆板醤を乗せた本格的な冷やし中華みたいで、ほかのおかずと並べてみても違和感がない。
そして冷やし中華みたいに箸でつまんでみると、食べやすい。半分の長さのパスタは、箸で簡単にミートソースや具材と絡めることができて、口にも運びやすいのだ。それをわかっておばあはパスタを折っていたのか。
キュウリは、水分が飛んで味の濃くなったミートソースと一緒に食べると、新感覚のサラダみたいだ。モチっとしたパスタの食感に、シャキシャキした歯ごたえをプラスしていて、アクセントになっている。ハムはふつうにミートソースの具材として合っているし、錦糸たまごは山盛りにしてほおばりたいくらいマッチしている。錦糸たまごがなくなると、おかずのたまご焼きを乗せて食べてみたくらいだ。それもけっこうおいしかった。
おばあの感覚を信じてみてよかった。感想を伝えようと思ったとき、テーブルの向かい側に座っていたおばあが
「そうや! 忘れとったわ!」
と叫んで立ち上がった。
僕が食べている姿を見たおばあは、ミートソースパスタがどんなものだったのか思い出したというのか! では、僕が食べた本格冷やし中華風パスタは、なんだったんだ! それでもおいしいから問題ないよ。むしろ新しい発見があってよかった。そういおうと思ったけど、おばあは一目散に台所に向かっていた。
テーブルに戻ってきたおばあは皿を手にしていた。僕の目の前に置かれたその皿には、焼いた牛肉が乗っている。
「これも、パスタにのせるんか?」
と僕が聞くと、おばあは力強くうなづいた。