味よりも孫の健康が優先?脂がなくてヘルシー!だけどパサパサ、鶏の胸肉の炊いたん

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メニュー
・鶏むね肉の炊いたん
鶏むね肉、ほうれん草、糸こんにゃく
・ナスと芋の炊いたん
・茹でもやし
・みそ汁
豆腐、玉ねぎ、にんじん、青ネギ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

鶏肉の様子がいつもと違う。おばあがよく料理に使う、骨付きの手羽先や手羽元でもなければ、脂がのった皮付きのもも肉でもない。茹でた豚肉のよう白いけど半透明な脂身はまったく見当たらず、いびつな丸っこい形からすると鶏肉であることは間違いない。骨も脂身もないといえば、むね肉だ。それがほうれん草や糸こんにゃくと一緒に、うす口醤油で煮られ、僕の席の皿の上にどっしりとピラミッド状に積み上がっている。

鶏むね肉を使ったおばあの料理をこれまでに食べたことがあっただろうか。覚えている限りでは一度もない。おばあは脂がのったやわらかい鶏肉が好きなのだ。加えて骨つきなら完璧だ。

おばあは手羽先や手羽元を食べるとき、箸を放り出し、手づかみで豪快に肉をかじり取る。総入れ歯だから噛みごたえがあるものは苦手だといっておきながら、このときばかりは骨の端の軟骨までばりばりと噛み砕いてしまう。歯茎が痛むはずなのに、手に持つ鶏肉に脇目も振らず向き合い、頬の血色は良く、見開かれた両目はらんらんと輝いている。好きなものを盛大に食らう喜びが傷みなんてかき消してしまうようだ。

調理方法は煮る、焼く、揚げるのどれでも柔軟に使いこなす。一週間に一度も牛肉や豚肉が出ないことがあっても、鶏肉なら2回は食卓に並ぶ。おばあの好物であり、何十年も料理に使い続けてきたので、どの調理方法でも完成度は高い。特に唐揚げ骨付きのもも焼きは、おばあの他に僕だけが味わうのはもったいないと思うくらいおいしい。

それなのにむね肉の料理だけは口にしたことがない。おばあはわざわざむね肉を避けて鶏肉を買ってきているとしか思えない。かつて自分で調理して食べたものが口に合わなかったのだろう。皮も脂も、そして骨もない鶏肉は、おばあにとっては大好きな鶏肉ではないのだ。

それがなぜ今晩、食卓に上っているのだろうか。しかも僕の皿だけ山盛りだ。腹が減っているのでとりあえず、ピラミッドのてっぺんの小ぶりなものを口に入れる。

噛むと醤油やみりん、カツオと鶏肉のだしが効いたつゆがじわっと染み出してきた。もも肉よりも繊維質が多くで歯ごたえがあり、何度か噛みしめると水分が抜けてパサパサになる。

正直にいうと煮物には別の部位の肉のほうが合っているように思う。タイで食べた“カオマンガイ”みたいに、すくない脂が抜けないよう、むね肉は蒸したほうがいいかもしれない。

ただしパサパサになるほど脂がすくないむね肉は、体に脂肪をつけず筋肉をつけたいときによさそうだ。そうか! おばあは、僕が近ごろ太ってきていることを気にして、むね肉を選んだのだ。油を使わない煮るという調理方法なのも、僕の体型と健康を考えてのことに違いない。

ありがたいことだけど、僕らは毎日のように口ゲンカをしている仲だ。突然、僕がお礼の言葉を口にすると、聞いているおばあも白々しくなって居心地が悪くなるだろう。ここは僕がおいしそうに食べる姿を見せて、おばあの思いやりに報いよう。

僕はひときわ大きなむね肉を箸でつかんでかじりついた。固いという素振りを見せないように意識して、奥歯でがしがし噛み砕く。肉の水分が抜け、噛めば噛むほど押し固められる。あごが疲れてきたけど、目を大きく開いて、口角を上げたままの明るい表情は崩さない。口の中のものを飲み込み、お茶をひと口すすって大きくひとつうなずき、むね肉の味わいに満足したことを表す。

そしてまた、箸先の半分になったむね肉を口に放り込んだとき、
「この肉、あかんわ。固すぎるわ!」
テーブルの向かいの席で、おばあがいきなり大声を出した。

なぜそんなわかりきったことを口に出すのだろうか。おばあは今まで、他の部位より固くて好みではないから、鶏のむね肉を避けてきたのではないのか。それに僕がおいしそうに食べている様子(演技だけど)を、おばあはちらちらと目を向けてうかがっていた。そのうえでの「あかんわ」である。

もしかしておばあは僕が演技をしていたことを見抜いているのではないか。つまり感謝の気持ちは伝わっているはず。だからといっておばあも、「どういたしまして」なんて他人行儀な言葉、口に出したくないだろう。そこであえて僕のおいしそうに食べる姿を見ていないふりをして、いつもと同じように率直な味の感想をいったのだ。唐突に大声を出した不自然さがその証拠だ。

おばあが何と答えるか気になって、僕は意地の悪い質問をしてみた。
「なんで今日は、むね肉を買ってきたんや」
「そりゃあ、特売で安かったからや」
おばあは僕に目も向けずに答えて、さらにひとこと続けた。
「お前のことなんか気にしてへんで」
やっぱり気にしてくれてたのか、と僕は思った。