このふっくらとした大ぶりの楕円形。衣は薄くきめ細かく、見るからに香ばしく揚がり、それが積み重なって、まぶしいくらいに光り輝いている! 今年の冬も待っていたぞ、カキフライ!
これまでおばあがつくってきた、あの山のような量からすると、数が少ないのがちょっと気になる。だけど今シーズン初めて僕の目の前に現れた大好物に、うれしくならないわけがない。おばあがつくった揚げたてのカキフライは、他のカキフライと何がどう違うのかはっきりわからないけど、揚げ物の中でいちばん好きだ。
それに今晩は、カキフライ以外のメニューも充実している。
揚げ物は、これも僕の好きな小イワシや、
レンコンの天ぷらもある。
よく味が染みていそうな三種の煮物に加え、
さっぱりとした酢の物や、
さわやかなミョウガを添えた刻みオクラが、揚げ物の箸休めにぴったりだ。しかも、ごはんは――
栗ごはん。おばあの親戚がいる愛媛の山奥から、秋に送られてきた甘くてほくほくの栗を、冷凍していたのだろう。これをカキフライと一緒に食べられるとは! 一種類の好物を山盛り食べるのもいいけど、好きな料理をいろいろと味わう贅沢もたまらない。
それにしても、おばあは台所で何をしているのだろう。栗ごはんを運んできたきり、しばらく姿を見せていない。いつもならおばあを待つところだけど、今日は先に食べていよう。もう、我慢できない。
箸を手にして、まっ先にカキフライに狙いを定めたとき、おばあが台所から姿を現した。両手に抱えた銀色のザルには――
殻付きの牡蠣が山盛りだ! ごつごつとした殻が空き、湯気が立ち上っている。今年もまるまると太った牡蠣が、広島の知り合いから送られてきたのだ。
メニュー
・蒸し牡蠣
・カキフライ
・天ぷら
小イワシ、レンコン
・煮物
厚揚げ、大根、手綱こんにゃく
・酢の物
タコ、キュウリ、ワカメ
・オクラのミョウガ添え
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・栗ごはん
カキフライがあるのに蒸し牡蠣まで……。それに秘蔵の栗を使った栗ごはんや、天ぷらなどのおかずもある。どうしたんだおばあ。家にあるおいしいものを、これでもかと惜しみなく並べるなんて。近ごろしきりに体の不調を訴える高齢のおばあが、これだけのごちそうを用意するのは、さぞ大変だっただろう。
何がそんなにおばあを駆り立てるんだ!? もしかして孫の僕においしいものを腹いっぱい食べさせたいから、ということなのか?
大量の料理に、あっけに取られていると、
「さっさと食べんと、ひとりで全部食べてまうで!」
おばあはそういって――
蒸し牡蠣を手に取った。太い指で勢いよく殻を開けると、その中には――
クリーム色のぷっくりとした立派な身!
それを指でつまんで――
殻から引きはがし、吸い込むように口に放り込んだ。そしてまた――
殻を開けては、手づかみで次々と牡蠣の身を平らげていく。この勢いは、本当に〝ひとりで全部食べて”しまいかねない! 僕もあわてて蒸し牡蠣を手にして、おばあと同じく身を手づかみで口に放り込む。瀬戸内海の豊かな滋味が弾け、口いっぱいに広がる。この蒸し牡蠣だけでも充分満足できそうなのに……。
「なんで、カキフライや栗ごはんまであるんや?」
たまらず聞くと、それまでわき目もふらず牡蠣をむさぼっていたおばあが顔を上げ、
「あるもん出さずに置いとっても……いつ死んでしまうかわらへんやろ!」
と大声でいった。そしてまた、何ごともなかったように牡蠣を食べはじめた。
そんなに食えるなら、しばらく死なんわ! といい返したかったけど、それどころではなかった。〝いつ死んでしまうかわからへん”勢いで食べつづけるおばあの手が、カキフライに伸びたからだった。
「それ、手づかみはあかんやろ」
といいながら、僕も負けずにカキフライに手を伸ばした。
そして気がつくとテーブルには殻の山ができていた。