おばあは納豆が嫌い。なのにおばあの家で食べる納豆はうまい

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メニュー
・納豆
納豆、卵黄
・ハンバーグ(商店街の肉屋で購入)
・大根おろし
大根、じゃこ
・みそ汁
絹ごし豆腐、たまご、わかめ、白菜、青ネギ
・野菜
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

納豆は安くて、おいしく、健康にもいいという三拍子そろった一人暮らしの味方だった。それがおばあの家で夕飯を食べるようになった数年前から口にしていない。おいしくても大好物というほどでもないし、とくに食べる必要がなくなったからでもあるけど、おばあがあの独特のにおいと粘りを嫌っていることがいちばん大きな理由だ。

その納豆が、おばあの家の食卓に並んでいる! きっかけは、おそらく数日前のこと。おばあと一緒に夕飯を食べながらテレビを見ていると、納豆の健康効果がまた新しく発見されたというニュースをやっていた。納豆を日常的に食べている人は、心筋梗塞や脳卒中といった血管系の病気で死亡するリスクが3割も減るというものだった。

おばあはかなりの高血圧だから、死ぬならガンではなく血管系の病気による突然死ではないかと僕は日頃から心配している。納豆でその危険性が3割も少なくなるなら是非、おばあも薬だと思って食べてほしい。スーパーに行けば、においがあまりしない納豆が売られている。それなら問題は粘りだけ。おばあは粘りのあるメカブを口にできるのだから、納豆もにおいがなければ食べられるはず。僕はおばあにそういったのだ。

ところがテーブルの、おばあの前には納豆がない。僕の目の前の納豆は、においがほとんどしない。僕の願いは、“おばあに食べてほしい”というもっとも重要な部分だけ、聞き入れてもらえなかったらしい。
「おばあも食べたらいいと思うんやけど……」
と、いってみても、おばあは無反応。聞こえていないフリをしながら食事を続ける。僕はあきらめて納豆を混ぜることにした。

納豆は容器から皿に移しかえられ、卵黄までトッピングされている。納豆と卵黄は味の相性が抜群だし、白身まで入れると混ぜたときに水分が多すぎてどろどろになる。どうしておばあは納豆が嫌いなのに、こんなベストな組み合わせを知っているのだろうか。そもそも……なぜ僕は、おばあが納豆嫌いだと知っていたのだろうか。

「そんなもん食べてても、じいちゃんは死んでしまったで」
顔も向けずに、おばあがいった。十数年前に亡くなったおじいは、血管系の病気ではなかった。だから効果はあったかもしれないし、高血圧のおばあには有効だと思う。それよりも、思い出した。おじいが納豆を食べていたのだ。

おばあは納豆を皿に移して卵黄を入れ、おじいに出していたのではなかったか。それを隣で見ていた二十歳目前の僕は、おばあが納豆のにおいと粘りが嫌いだと文句をいっているのを聞いた。

「よくそんな、ねばねばしてくさいものが食えるな」
そう。こんなふうに当時も、おばあがおじいにぼやいていた。あのときの情景がありありと目に浮かぶ。おばあがしゃべり、寡黙なおじいが納豆をかき混ぜ、においが漂ってくる。そうだ。僕は、あのとき、納豆があまり好きではなかった。食べられないほどではないけど、においが苦手だった。

あれから僕は一人暮らしをして、納豆のにおいをいつの間にか克服し、十数年を経た今、おばあの家で夕飯を食べている。違うのは納豆を混ぜているのがおじいではなく僕ということと、納豆からほとんどにおいがしないことだ。

おばあはさっきくさいといったけど、反射的に以前と同じことをいっているだけで、気のせいに違いない。いや、僕のほうが、納豆臭さに慣れてしまい、においを感じなくなっただけのような気もする。

しっかり混ぜたものをごはんに乗せ、久しぶりに食べた納豆は、今までにないほどおいしかった。

食事を終えたおばあが、丸い豆のような菓子を皿にあけた。袋には〈ひなあられ〉の文字と雛人形のイラストがプリントしてある。

昨日、食事会でナカムラさんからもらったんや。人からもらったものは、余計にうまいわ」
ひなあられをポリポリ食べながらおばあがいう。それがよりおいしいと思うのは、ナカムラさんがおばあの、数十年来の親友だからだろう。僕も友達からもらったものはおいしく感じる。おばあの料理も同じだ。