メニュー
・キムチ鍋(今年3回め)
春菊、豚肉、白菜、もやし、えのき、マロニー、ミツカン「〆まで美味しいキムチ鍋つゆ ストレート」
・大根おろし
大根、じゃこ
・野菜
生:ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
おばあが土鍋のフタを開けた。湯気の向こうに広がる赤い景色。キムチ鍋だ! 数ある鍋料理の中でおばあはとりわけキムチ鍋を気に入っていて、今年はこれで3回目。
最近まで韓国と北朝鮮の違いもわかっているか怪しかったのに、朝鮮半島を代表する食べものであるキムチはおばあの好物なのだ。さらに鍋も、「冬にしか食べられないから残念や」と嘆くくらい好んでつくる。そのキムチと鍋が融合したキムチ鍋は、おばあにとって最高の冬の味覚である。
「おばあは、ほんまにキムチ鍋が好きやなあ」
具材を取り皿によそいながら僕はいった。ところがおばあは、
「おまえが、どうしても食べたいと何回もいうから、つくってやったんやないか!」
ムキになって認めようとしない。
たしかに僕は先日、「キムチ鍋をつくって」といった。だけどそれは、キムチ鍋を食べたいのに我慢しているおばあのためだった。それにおばあは「何回も」といったけど、僕は一回しかいった覚えがない。
キムチは漬物なので塩分が多い。毎食後に薬を飲まなければいけないほど高血圧のおばあにとって、血圧を上げる塩分は大敵だ。だけどキムチ鍋をすると土鍋一杯分をひとりで食べ尽くす勢いで取り皿を何度も空にする。それをおばあは危険なことだとわかっていて、ついつい食べすぎてしまうキムチ鍋をつくらないよう自制している。
すると先日、好きなものを我慢しすぎた禁断症状らしきものが現れた。ストレスもまた、血圧にはよくないとテレビの健康番組で話していた。好きなものを前にして、おばあの食欲のブレーキが効かなくなるなら、僕がコントロールすればいい。おばあはもう、我慢の限界だ。だから僕からキムチ鍋をつくってほしいと頼んだのだ。
僕の気持ちは、おばあもわかってくれているとばかり思っていた。でもさっきみたいないい方をされるくらいなら、もう、僕からはつくってほしいと頼んでやらない!
そう心に決めて食べはじめた。僕が席に着くまで煮込んでいた具材はやけどしそうなほど熱く、赤い汁の辛さとうま味がしっかり染み込んでいる。ごはんをかき込まずにはいられない。付け合せの大根おろしと一緒に食べると、大根の新鮮な甘さと辛さが加わって、さらにごはんが欲しくなる。
おばあも僕とほとんど同じペースで食べている。今日はおばあより多く食べてやる! 僕は空になった取り皿を山盛りにしようと、土鍋に皿を近づける。するとおばあも持ち前の負けん気に火がついたのか、土鍋の隣に置いてあるお玉を手に取った。一気に具材をすくうつもりだ。僕が思わず身構えると、おばあは汁をすくい、僕が手に持つ取り皿にその汁を入れた。
ふっと肩の力が抜けた。おばあは口は悪いけど、僕の気持ちはすべてわかっているのかもしれない。だけどそんなことくらいで、僕は懐柔されたりしない。お礼は意地でもいわないことにして、黙々と取り皿に具材を入れる。取り皿の汁からはなかなか湯気が消えなかった。