「Cook Do」も「回鍋肉」もわからない、おばあがつくる回鍋肉

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・味噌炒め?
「Cook Do 回鍋肉用」、豚バラ肉、キャベツ、たまねぎ、パプリカ(オレンジ、赤)
・酢ごぼう
・野菜
(生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草)
・ごはん

「今日は味噌炒めや!」
といっておばあが出してきたのは、豚肉がメインの炒めもの。味噌を炒めた香ばしいかおりが食欲を刺激する。

味噌の塩気とうまみが豚肉にからみ、数回噛むとあふれ出した肉汁と唾液で口の中がいっぱいになる。一口めからごはんが欲しくてたまらない。たまらずお茶碗に手を伸ばす。するともう、左手につかんだ茶碗を置くことができない。そのまま右手の箸で味噌炒めをつまんでごはんをかき込む、腹ペコの運動部員のような食事スタイルから抜け出せなくなった。

一気に食べすすみ、ごはんが半分くらいなくなったところで僕は我に返った。この料理がただの味噌炒めではないことに気がついたのだ。唐辛子のような辛さや、普通の味噌より発酵がすすんだ豆板醤のような中華料理の風味がある。

あらためておばあにこの料理は何かとたずねると
「味噌炒めや!」
としかいわない。おばあはこれまで、豆板醤を使った料理を出したことはない。台所にある中華料理の調味料といえばせいぜいラー油くらいのもの。とはいえ、できあいのものを買ってきたようには思えない。

野菜にかけたドレッシングを冷蔵庫にしまいに行くふりをして、台所を見回すと、「Cook Do 回鍋肉用」の箱があった。以前食べた冷凍餃子のパッケージに印刷された「ギョーザ」というカタカナも、おばあの老眼では見えていなかった。「回鍋肉」という文字は見えたとしても読めないだろう。太文字でデザインされた「Cook Do」というアルファベットにいたっては模様としか認識できていないはず。この料理を「味噌炒め」と呼んでいるのがいい証拠だ。

おばあはどのようにして、この中華合わせ調味料を、無数の商品が並ぶスーパーの棚から選んだのだろうか。パプリカが入っているとはいえ、豚肉とキャベツを使い、ちゃんと回鍋肉になっている。
食卓に戻ってたずねると、
「テレビの宣伝でやってるやろ!」
と怒鳴られた。じゃあそのテレビCMでやっているのは何という料理かと問えば
「味噌炒めや!」
と繰り返す。「Cook Do」も「回鍋肉」もわからない状態で、おばあはどうやってこの料理をつくったのか。話を聞けば聞くほど、謎で満たされた大きな回転する鍋のなかに引きずり込まれていくようだ。「回鍋肉」という漢字には、そういう別の意味が含まれているような気がしてならない。

皿のなかの回鍋肉をじっと眺めていると、
「ごはん、おかわりいるやろ」
とおばあがいう。僕の茶碗はすっかり空になっていた。おばあは手を伸ばしてその茶碗をつかみ台所に行く。ごはんはいつも自分で入れているのに、なぜ今日はおかわりをよそってくれるのだろう。

そういえば最近、僕はごはんをおかわりしていなかった。食卓に戻ってきたおばあは笑顔ではないものの、ちょっと胸を張りどことなく満足げだ。自分がつくった料理を僕がたくさん食べたことがうれしいのだ。

おばあがどんな方法でこの回鍋肉にたどり着いたのかはわからない。だけどあのCMのように、食べている人が取り合うほど、おいしい料理をつくりたいとおばあは強く思っていたのに違いない。