晩ごはんが待ちきれなくて、いつもより少し早くおばあの家に行くと、
「なんや、もう来たんか」
とおばあが、あきれたように言う。
だけどテーブルには、すでに料理が並んでいる!? 僕が早く来ることを、おばあは完全に見抜いていたらしい。
というのも、今晩のメニューは……子どものころから変わらない僕の大好物、おばあのカレー! 時間まで待てるはずがない!
おばあが作るカレーは、僕が子どものころから牛すじ入りと決まっていた。『熱を通しても固くならない牛すじは、煮込み料理に最適』という情報を、子どもだった僕がたまたまテレビで見て、大好きなカレーに入れることをおばあに提案。
するとおばあは、いきなり絶品の牛すじカレーを作ってくれた。あとから知ったことだけど、牛すじはあらかじめ何度も茹で、余分な脂を抜く下処理が必要な面倒な食材だった。それでもおいしいカレーに仕上げられたのは、料理の基礎が身についていたからか! と、はじめておばあを尊敬したことを覚えている。
牛すじカレーは僕が絶賛し、味にうるさいおばあも気に入ったらしく、カレーに牛すじは欠かせないメインの具材になった。ところが近ごろ、おばあはカレーに牛すじを入れてくれない。それどころかルウすら使わず、レトルトカレーの中身を鍋にあけ、具材を追加して煮込むだけの『時短カレー』が主流になってしまった。
あれから歳を重ね、来年は米寿になるおばあに、湯を満たした重い鍋を何度も運ぶ牛すじの脂抜きは負担が大きすぎる。だからといって僕が手伝おうとしても拒まれる。長年、誰かのために料理を作ってきたおばあのプライドが許さないのだ。
レトルトを使う『時短カレー』でも、作ってくれるだけありがたいとは思うけど……やっぱり以前の味にはかなわない。
それが今晩のカレーはレトルトじゃない! さすがに牛すじは入っていないけど、久しぶりにおばあの手作りカレーが味わえる!
なぜそんなことを知っているかというと、さかのぼること数時間前――
おばあから珍しく電話がかかってきた。考えられるのは、もしかして……転んで怪我でもした!? それで短縮ダイヤルに登録している僕に助けを求めているとか?
慌ててスマホを手にすると、
「牛肉や、牛肉買ってこい!」
といきなり、わけのわからない指示が。
頭でも打って変になったのか!? と、さらに心配になったけど、よく話を聞くと『カレー用の肉を買い忘れたから買ってきて欲しい』ということだった。
はじめからそう言って欲しいけど……おばあが無事で安心したのと、今晩のメニューがカレーだと知って、僕は喜んで牛肉を買いに行き、おばあに渡した。そのときに、カレーはレトルトではなくおばあが鍋につきっきりで煮込んでいたのを見たのだった。
それからカレーのことが頭から離れず、何もないのに匂いまでしてきて、おばあの家に急がずにはいられなかった。
そして、今晩の食卓に乗っているカレーは――
見るからに濃厚で、1日目なのに数日煮込んだようなとろみがある。
僕が買ってきた牛肉のこま切れは、そこそこの量があったのに、ほかの具材が多すぎて存在感があまりない。
じゃがいも、にんじん、玉ねぎ……お決まりの具材に紛れて――
何だか見慣れないものが!? 箸でつまむと弾力があって、口に入れると……これ、いつも煮物に入れてる、さつま揚げやんか、おばあ!
とはいえ、さつま揚げはほどよい歯ごたえがあって、しっかりと魚の味が感じられ、意外とカレーにマッチしている! 牛すじは難しくても、新しくておいしい味を探求する、食へのチャレンジ精神をおばあは失っていない!
さらに、他のおかずも―
カレーより大きな皿に盛られたサラダに加え――
魚が二種類も!?
しかも魚といえば、近ごろは塩焼きが定番だったけど、今晩は久々の煮付けだ!
メニュー
・さつま揚げ入りカレー
・イワシとホッケの煮付
・野菜
生:トマト、ブロッコリー、キャベツ、レタス 茹で:ほうれん草
皿に乗っているのは小ぶりのイワシが2匹に、大きな……ホッケの開き!? そしてこのホッケも、煮付けになってるやんか、おばあ!
煮付のイワシは、もちろんおいしくないわけがない。一方ホッケをかじってみると……意外にいける! 口の中でほろほろと身がほぐれ、噛みしめるほどにうま味が染み出してきて、甘辛い和風の味付けとばっちり合っている。
イワシとホッケの煮付けに、カレーにはさつま揚げ! これだけあれば、カレーに肉は必要なかったような……いや、そんなことはない! カレーをすくって、たまに肉が口に入ると、やっぱりうれしくなる。
夢中で食べ終え、おいしかったで、おばあ! そう言おうと思ったけど――
おばあは席に座ったまま眠っていた。
先に食事を終え、眠気がやってきたらしい。それに、これだけの料理をこしらえたら、疲れて眠くなるのも当然だ。
次は僕に、牛肉を買ってこさせるだけじゃなくて、牛すじの下処理も任せてほしい。そんなことを思って、エアコンの温度を寒くなりすぎないように少し上げた。