メニュー
・ハンバーグ(おばあの手づくり)
・ナスの炊いたん
・大根おろし
大根、乾燥小エビ
・味噌汁
白菜、豆腐
・サラダ
生:ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
僕はおばあがつくったハンバーグを食べたことがない。おばあの家の食卓に並ぶハンバーグはいつも、肉屋で買う出来合いのものだからだ。その商店街にあるおばあ行きつけの肉屋は、金曜日限定でハンバーグを売る。肉屋がつくっているだけあって、牛肉の味と食感がしっかりと感じられておいしい。夕方前に行かないと売り切れてしまうほど人気があるのもうなづける。
だけど今日は日曜日。肉屋がハンバーグを売るのは金曜日だけと決まっているのに、食卓にハンバーグらしきものが並んでいる。“らしき”というのは、僕がイメージするハンバーグと、見た目がちょっと違っているから。
まず大きさが違う。肉屋のものは手のひらより少し小さいくらいのきれいな楕円形だけど、今日のものは2口くらいで食べられるほどのミニサイズで、少しいびつな丸っこい形をしている。さらに、調理法も通常は焼くか、洋食屋だったら煮込むくらいのものだけど、どうやら揚げてある。表面はところどころ唐揚げのように茶色く色づき、揚げ物用のシートをひいたバットに10個ほど並んでいる。それでもハンバーグだとわかるのは、赤身のミンチ肉を丸めて火を通した、黒に赤が微妙に混じった、見覚えのある食欲をそそる色をしているからだ。
“揚げハンバーグ”といえば、おばあは以前にもつくったことがある。だけどあのときは天ぷらの衣をしっかりとつけて揚げていたし、ハンバーグは前日、肉屋で買ってきたものの残りだった。今晩は、ハンバーグをいきなり素揚げにしている。
今日は今年一番の猛暑で、日が沈んでからも涼しくなる気配がないというのに、暑さに負けず揚げ物をつくるとは。それほどおばあはあのときの“揚げハンバーグ”の味がお気に召したのか……。
というより……まさか、おばあは、ハンバーグを自らの手でつくったというのか!
料理のレパートリーはほとんど和食。洋食になるとパスタも茹でられないおばあだから、複雑な工程が必要なハンバーグなんてとてもつくれないと思っていた。
僕はひとつを箸でつまんで、持ち上げながら聞いた。
「おばあ、これは何や?」
「ハンバーグやんか。お前、好きやろ」
おばあは僕の箸先に目を向け、平然と答えた。僕の心の中を見透かしたような曇りのない目だ。僕はおばあを見くびっていたのかもしれない。つくりかたをもともと知っていたのか、最近、誰かに聞いたのか。どちらにしろおばあはハンバーグをつくることができたのだ。
いや、待てよ。おばあがつくったとはまだ決まっていない。手作り感のあるふぞろいな形をしているから、まさか店で買ってきたということは考えにくい。ただ近所の人にもらったというなら十分ありえる。
ひと口かじってみると、表面はさっくりとしていて、中はやわらかい。肉汁が奥から湧き出すように滴る。粗びきの肉の味がしっかりと、油で揚げた表面の内側に閉じ込められている。
はじめてつくったにしては、おいしくできすぎている。つくり方を知っていたのだとしたら、最後につくったのは僕が覚えていないくらい前のことだから、最低でも20年は前のことだろう。昼に食べたものも忘れてしまうおばあが、何十年も前のことを覚えているだろうか。やはりこのハンバーグは、おばあがつくったものではないのか・・・。
僕は聞かずにはいられなかった。
「おばあ、ハンバーグつくれる――」
「それくらい、つくれるわ!」
間髪入れずに怒鳴られた。
僕はそれ以上何も聞くことができず、黙ってハンバーグを口にする。おいしい。だけど、食べれば食べるほど、ハンバーグのあつあつの肉汁のように疑問が湧き上がってくる。おばあは最後にいつハンバーグをつくったのか、なぜ焼くのではなくいきなり揚げようと思ったのか、どうして今日に限って肉屋のハンバーグではなくおばあの手づくりなのか……。
僕とおばあは言葉を交わすことなく、10個ほどのハンバーグと料理をすべて平らげた。
僕は空の食器を重ねて立ち上がり、
「うまかったわ」
と感想を告げた。するとおばあは
「そうか」
といってにやりと笑った。
台所のシンクには、調理につかったと思しきラーメンの丼ぶりがひとつあった。中には水が張られ、生のミンチのかけらがいくつも沈んでいた。