おばあよ、自分で皮をむけるのか!? 農家直送のイヨカンと酢”鶏”

メニュー
・酢鶏
鶏の唐揚げ(惣菜)、パプリカ、玉ねぎ、たけのこ
・若ごぼうとフキ、鶏肉の炊いたん(2日め)
若ごぼう、ふき、鶏肉
・サラダ
生:イチゴ、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

真冬に逆戻りしたような冷たい風を切り、自転車でおばあの家に向かう。暗い夜道を抜け、あたたかな明かりに照らされた玄関の前に、背の低い人影が見えた。おばあだ。まさか、わざわざ、夕飯を食べにきた孫を、出迎えてくれているのか。今まで一度もなかったことだ。いつになく腕によりをかけた料理をつくり、僕に食べさせるのが待ちきれないのかもしれない。

「待っててくれたんか。ちょっと遅れてしまってごめん」
僕はいつもより10分ほど遅くやってきたことを詫びた。
「お前やない! イヨカンを待ってるんや!」
おばあは声を荒げた。視線は通りの先に向けられたままだ。
「イヨカンて、みかんの大きいやつか?」
「そうや」

おばあが購入したイヨカンを、農家が直接とどけてくれるという。それなら2・3個ということはなく、かなりの量になりそうだ。
「ダンボールひと箱ぶんや。お前は中に入って、ごはん食べててええで」
おばあは玄関の戸を指差す。

イヨカンが詰まっているダンボール箱は、おばあが持てるような重さではないいだろう。だけどおばあは自分で何でもやりたがるし、一度言い出したら僕のいうことを聞かない。わがままな幼稚園児みたいだ。僕はいちど玄関に入って戸を閉め、気付かれないように待機することにした。

すぐに誰かがおばあに挨拶をする声がした。戸を開けると、農家からやってきたらしい女性が自転車の荷台にくくりつけていたダンボール箱を外していた。箱は両手で抱えるほどの大きさで、やっぱりおばあには持てなさそう。僕は外に出て箱を受け取る。おばあは何かをいいたそうだったけど、さすがに他人の前でまで意地を張り通すようなことはしなかった。

夕飯のメインメニューは酢“鶏”だった。酢豚に入っている揚げた豚肉のかわりにスーパーで買った鶏のから揚げを使い、市販の酢豚ソースで味付けされている。僕は最近までこれを酢豚だと思って何年ものあいだ食べ続けていた。

今日の酢鶏はパプリカと玉ねぎの炒め加減がちょうどよかった。しゃきしゃきとした歯ごたえが残り、甘じょっぱい餡が、野菜の甘味を引き立てている。鶏の唐揚げの厚めの衣には、いつもの通り餡がしっかりとからんでいる。

おばあは少し濃いめの、酢豚の味付けが好きなのだ。だけど中華風の餡をつくるのも、具材の豚肉を揚げるために油をつかうのも面倒だったらしい。そこで、出来合いの鶏の唐揚げと市販の酢豚ソースを使い、自分でつくり続けられる工夫を加えた。商店街の餃子の王将でテイクアウトもできるのに、そうしないのは、おばあが自分で好物の料理をつくって食べたいからだろう。

食事を終えるとおばあは、とどいたばかりのダンボール箱からイヨカンを取り出した。黄色いテカりのある頑丈そうな皮に爪を立てている。
「これはあかん! 固いわ!」
とひとりで叫んでイヨカンを机に放り出し、台所に向かっていった。

おばあは女性だけのフィットネスに通って筋トレをしているけど、指先の力は強くない。ドレッシングのボトルや薬の瓶を開けるのはいつも僕の役目だ。おばあが置いていったイヨカンを手に取る。皮はみかんよりもかなり固く、思い切り爪を立てて引きちぎるように皮をむいた。不格好に割れた皮の中から、ハリのある薄皮につつまれた房があらわれた。

ひとつつまんで口に入れる。噛むと薄皮が弾けて果汁が飛び出す。味はよく食べているみかんよりも濃厚で甘く、強い柑橘の香りが鼻腔をぬける。もうひとつ食べようと手を伸ばすと、
「ああっ!」
と台所のほうからおばあの声がした。手には、四角い菜切り包丁が握られていた。