夕飯を食べに居間にやってくると、おばあが台所からのっそりと現れた。手に持っているのは――
好物のアイスクリーム「パリパリバー」だ! 席に着くまで我慢できなかったようで、すり足で歩きながらガブりとひと口かじった。総入れ歯の口をもごもご動かしながらイスに腰かけ、満足げに目を細める。
おばあは僕が来るより先に食事を終え、さっそくデザートを味わっている。「いつ死ぬかわからへんから、好きなときに好きなもんを食べるんや!」というのが最近の口ぐせで、開き直ったようにアイスやチョコやひと口バームクーヘンなど、大好きな甘いものを食べまくるようになった。
今食べているアイスも1本目のわけがない。冷凍庫の中の減り具合からして、だいたい一日に2、3本は消費しているはず。それに、おばあ好みの味の濃い料理や、インスタントラーメンが出る頻度も増えてきた。朝と晩に薬が欠かせないほど高血圧なのだから、もっとうす味でヘルシーなものを食べて欲しい。好きなものをたらふく食べてお腹と心が満たされても、寿命が縮んでいいわけがないよ!
だけど僕がいくら甘いものや塩分は控えるようにいっても、頑固なおばあは聞く耳をもたない。それどころか「好きなときに好きなもんを食べるんや!」と怒鳴り、ヘソを曲げてしばらく口もきいてくれなくなる。
席に着いたおばあは、頬をゆるめて上機嫌にアイスを頬張っている。結局僕は黙って、おばあが「好きなときに好きなもん」を口にするのを見ているしかないのか……。
それにしても、晩ごはんのメニューは何だろう。味の濃い肉料理か、こってりとした揚げ物か、それともインスタントラーメンか!? ところが、テーブルに目をやると――
メニュー
・焼きナス
・ポテトサラダ(惣菜)
・タケノコと厚あげの煮物
・タコとキュウリとワカメの酢の物
・黒豆納豆
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、トマト、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
野菜ばっかりで健康的! 野菜じゃないものは唯一、
酢の物に入っているタコだけだ。しかもメインディッシュの――
焼きナスには皮がついている! おばあはこれまで、焼きナスといえば皮をむいていた。
今晩の焼きナスが皮つきなのは、体にいいからだ! そう紹介しているテレビ番組を、この前一緒に見たばかりだ。おばあは「いつ死ぬかわかれへん」と、好きなアイスをかじって開き直っているけど、実は健康も気にしていたのか。
ひとつ口に運ぶと、焼けた皮が香ばしい。わざわざ皮をむくより、こっちのほうがおいしい。味付けはほんの少し垂らしてあるしょうゆのみ。やっぱり今晩のメニューは、健康に気をつかっている。
いつものサラダに乗っている玉ねぎの醤油漬けも、色がうすくて塩分ひかえめだし、
野菜サラダに加えて、ポテトサラダまである。
真空パックのタケノコと厚揚げの煮物は、あっさりしているけど、味はよく染みている。歯ごたえのあるタケノコと柔らかな厚揚げの、食感のコントラストも心地いい。そしてーー
納豆が、黒い! ふつうの大豆より体によさそうな黒豆だ。おばあは納豆が嫌いなのに、わざわざこの健康的なものを……僕のために選んでくれたのか!
僕はおばあの健康を気にしていたけど、自分自身については味の濃い料理もインスタントラーメンも、出されたものは何も考えずおいしく食べていた。そうか。自分のことを棚に上げて、相手を心配するというのは、おばあも同じなんだ。
「いつ死ぬかわからへん」と高をくくっているなら、今日もおばあは晩ごはんに好きなものばかり用意したはず。だけど、野菜ばかりのヘルシーメニューを出した。それは僕の健康を気づかってくれたからに違いない。
僕は感謝しながら黒豆納豆にタレとからしをかけ、しっかりとかき混ぜた。それをごはんに乗せてーー
黒豆納豆ごはんにすると、
「これ、おいしそうやな! ありがとう!」
と向かい側に座るおばあに差し出した。するとおばあは、
「うわっ! くさいわ! やめえ!」
と両手を振り回す。
僕は茶碗を引っ込めて、「ほら」といってまた差し出した。おばあはまた大声を上げて手を振り回したけど、顔は笑っていた。