おばあが「炊いたん」と呼ぶ煮物には、よく鶏肉が入っていた。“おばあめし”の記録でもある、このブログをざっと見返しただけでも、
こんな、甘辛い和風の味で、見るからにごはんが欲しくなるものや、
おばあの故郷の愛媛の山奥で作っていたような――
細いタケノコやゼンマイと一緒に炊いたもの、それに、
おばあが結婚して移り住んだ大阪の特産、若ごぼうやフキと合わせたもの、さらに、
食べ応えがある骨付きの鶏肉を炊いてくれたこともあった。しかもこのメニューの隠し味には、ちょっと贅沢な国産のはちみつを使い、普段の和風の味付けとは一味違っていた。
会社を辞めて大学生になった僕に、料理を作るようになったおばあは、食いしん坊の孫がよろこぶ料理を、知恵を絞って作ってくれたのだ。
おばあの半生の紆余曲折が、鶏肉の炊いたんに現れている。その足跡をたどり、さらに前に進めることができるのは、おばあが料理をできなくなった今、僕しかいない。
というわけで、おばあのような“炊いたんマスター”を目指す僕が、今回作るのは鶏肉の炊いたんだ!
まずは近所の施設にいるおばあに、コツを聞きに行く。病気の影響で眠っていることも多いけど、部屋に行くと目をぱっちり開けてテレビを見ていた。今回こそは写真を撮ろうとカメラを用意していた。だけど入れ歯を入れていないからと断られてしまった。
「鶏肉の炊いたん作ろうと思うんやけど、おいしく作る秘訣って何?」
と聞くと、
「あるもんで、作ったらええ」
とのこと。
おばあの回答が要領を得ないのは、病気になる前から変わらない。いつも詳細を省いて手短に答えるので、禅問答みたいに難解なときがある。
「あるもんって、冷蔵庫とかに残ってるもの何でもいいの?」
「そうや」
そういうことなら、家にある食材を手当たり次第、鍋に放り込んで、見たこともない斬新なやつを作って……と思ったけど、失敗するのは目に見えているので、まずは無難に、
野菜室でしなびかけていたニンジンとゴボウをチョイス。鶏肉も冷凍室で眠っていた「あるもん」だ。
たしかに、おばあは買い物に行かない日でも、家に「あるもん」を組み合わせ、絶品の炊いたんを作っていた。余っている「あるもん」をおいしくしてしまうのも、炊いたんの真髄に違いない。
そう思うと、やる気がみなぎってきた! エプロンの紐をギュッと締め、料理にとりかかる。
過去の記録を見返すと、根菜類は最初に炒めているようなので、
鶏肉に軽く火を通してから
ニンジンとゴボウを投入し、そこへ、
水や調味料を加えて炊く。調味料は、
おなじみの和風セットと、冷蔵庫に常備している
魚の旨味が効いた石川県の魚醤“いしるだし”。これをしばらく炊いて、ニンジンとゴボウに火が通れば、
完成だ! おかずはもう一品、この鍋の横で炊いていた、
土鍋に野菜やイワシなどを放り込んだ、僕が毎日のように作っている闇鍋ならぬ“闇炊いたん”。冷蔵庫の「あるもん」を適当に入れて炊き、味噌や醤油で味付けしただけのものだけど、けっこうおいしい。
そうか!? ということは……「あるもんで、作ったらええ」というアドバイス、普段作っている“闇炊いたん”で形にしてたで、おばあ!
この”闇炊いたん”の具材や味付けを変えるだけで、斬新かつおいしい炊いたんを作ることができるかも。
これらのおかずをテーブルに並べて、
メニュー
・鶏肉とニンジンとゴボウの炊いたん
・闇炊いたん
イワシ、キャベツ、小松菜、エリンギ、シメジ、玉ねぎ、もずく
・ごはん(3分づき米)
今晩のメニューの完成! 箸をつけるのはもちろん、
鶏肉の炊いたんから。ニンジンは柔らかく、ゴボウも程よい歯ごたえがあって、食感の違いが楽しめる。味付けはちょっと薄かったけど、ごはんがすすむ味で、じゅうぶん合格点だと思う。
ちなみに最近食べているごはんは、
玄米に近い“3分づき米”だ。普通の白米と同じ方法で炊くことができるし、玄米よりやわらかいので、手軽に食べられる。おばあはとにかく柔らかい白米が好きだったけど、プチプチとした噛みごたえと香ばしい風味がある分づき米の味も、僕はおいしいと思う。
それにしても、炊いたんの鶏肉が、期待していた柔らかくジューシーな味わいではなく、やたらと固くパサパサしている。
そういえば――おばあが鶏肉の炊いたんを作ったときも、似たようなことがあった。
↑の記事の炊いたんは、おばあが「安かったから」という理由で胸肉を使ったのだった。
そう、つまり今日、冷凍庫にあった鶏肉は、もも肉ではなく胸肉だった。グツグツとじっくり火にかける“炊いたん”には、もも肉のほうが合っている。
前回、おばあに言われたように、料理はやっぱり経験も大事だ。次はもっとおいしい鶏肉の炊いたんを作ってやる!
というわけで、次のメニューが決まった。それは“闇炊いたん”に鶏もも肉を入れた新メニューだ!
僕が絶品の炊いたんを作れるようになるまで、おばあには元気でいてほしい。そして僕の料理が食べられるようになっといてや、おばあ!