おばあは長年、暮らした家をしばらく離れることになった。
その理由は先日⇩の通り。
というわけで留守を預かった僕は、自宅から徒歩数分のおばあの家に通っている。
おばあの家に行くと、家の中や周りを掃除して鉢植えに水をやり、たまに送られてくる郵便物をまとめる。そして台所を借りて料理を作る。
自炊は自宅でもできるけど、料理上手のおばあの気配を感じる台所で、使い込まれた調理器具を使って調理すると、同じ料理でもおいしくなる気がする・・・・・・いや、絶対おいしくなっている。
とはいえ、おばあの家の台所は、長年おばあが数々の料理をこしらえてきた“聖域”だ。主が家にいないのに、僕が好き勝手に使うわけにはいかない。
そこでおばあにたずねると、
「片付けして、きれいにしいや」
という条件付きで許可してくれた。
「そら、きれいに使うで」
と僕は言った。いつでも気持ちよく使えるようにしとくから、また戻ってきて料理してや!
おかげで僕ひとりでも、食事はインスタント食品や惣菜だけで済ませず、わりと健康的でそこそこおいしいものを食べている。
だけど後悔することがある。それは、なぜおばあが料理をしているときに、その作り方を教えてもらわなかったのか!? ということ。定番の“大根の炊いたん”でさえ、僕が作ると何かがちがう。
おばあはそのときどきで様々な具材と組み合わせ、“大根の炊いたん”を作っていた。どんな具材と大根を組み合わせても、“おばあの味”になったのが不思議だ。
過去に作ってくれたものを、ざっと見返しただけでも――
こんなベーシックなものや、
大根多めのもの。さらに――
山盛りも!? そしてーー
こんな具だくさんなものや、
牛すじやジャガイモ入りのーー
おでんも、”大根の炊いたん”の発展系と言える。
さらには――
ピリ辛味噌で味付けした牛モツ、“こてっちゃん”と一緒に大根を炊いたこともあった。
どの大根も箸でつかむと崩れるほどやわらかく、ツユがひたひたに染みていてごはんがいくらでもすすむ味だった。
これを食べていた当時、大根なんて煮物の具材のひとつで、メインディッシュを引き立てる脇役くらいにしか思っていなかった。でも今、“炊いたん”といえば、真っ先に思い浮かぶのは大根だ。
無性にあの“大根の炊いたん”が食べたい! だけどおばあが家にいない今、自分で作るしかない。
そこでおばあも通っていた商店街のスーパーに行き、買ってきたのは、もちろん――
大根! そして一緒に煮るために選んだ具材は、厚揚げでもこんにゃくでもなく――
天然ブリのアラと、
鶏むね肉。
なぜこの具材にしたのかというと、スーパーに行く途中、おばあがいる施設に寄って作り方のコツを聞いたからだった。
僕は“大根の炊いたん”を作ると決めたものの、他の具材を何にしようか悩んでいた。
厚揚げとこんにゃくでシンプルな“炊いたん”にするのもいいけど、玉子やちくわ、さらに練り物も加えて、いっそのこと具だくさんのおでんにしようか?
それとも、あの“こてっちゃん”入りもおいしかったし、再現してみるのも・・・・・・いや、いきなり変化球に手を出すより、まずは直球勝負の大根と厚揚げも悪くない。だけど直球といえば、大根オンリーという手も・・・・・・。
そんなことを考えて具材を決められないことを、施設にいるおばあに話した。
おばあはひとり部屋でテレビを見ながら、眠そうにしていた。この日は入浴があったから、少し疲れているみたいだ。だけど僕の話を聞くと、急に目を見開いて、
「自分がそのときええと思ったもん、入れるんや!」
と、やけに張りのある声で言った。
そんなこともわからへんのか! と一喝されたみたいだった。常に即断即決のおばあは、直感で具材を選んでいたんだ。だから大根と一緒に、ふつうは炒める“こてっちゃん”を鍋に投入したし、骨付き豚肉や手羽先が入っていたこともある。
そのどれも、できあがるとおばあは夢中で頬張っていた。そうだ、具材は大根と一緒に煮ておいしいと思う、自分がそのとき食べたいものを選べばいい!
“炊いたん”の具材すら決められない優柔不断な僕に足りないのは、直感を信じることだ!
と心に決めて大根の他に手に取ったのは、鶏むね肉とブリのアラ。
どちらも大根と炊いたら、間違いなくおいしい。どっちかひとつにしようと一瞬迷ったけど、ここは直感にしたがって両方鍋に入れてしまえ! と勢いで買ってきた。
2つとも特売だったというのも、自炊するには大事なポイントだ。
ブリのアラには塩を振ってしばらく置き、
染み出してきた水分を捨て、
熱湯をかけて臭みを取る。それを、
鍋に入れた大根と鶏むね肉の、