去年の12月24日から、もう一年が経った。クリスマスは今年も、誰かとどこかに出かける予定なんてない。ぜいぜい気分転換に、以前おばあと一緒によく行った公園をおとずれ、
デコレーションされたクリスマスツリーを眺めるくらいだ。
でも、だからといって、なんでもない日々のうちのひとつ、というわけでもない。
モテることが生きがいの友人のM君みたいに
「クリスマス? そら今年も神戸でクルージング・ディナーや!」
なんて自慢されてもちっとも羨ましくないのは、いつも長続きせず毎年相手が違うから……ではなく、僕には家で料理を作って待っていてくれるおばあがいたからだ。
しかもおばあは、クリスマスなんて“ようわからん外国の祭り”くらいの認識しかないのに、
こんなクリスマスカラー満載の、和も洋も入り乱れたごちそうや、
ふつうはフライにする牡蠣を、中身を隠して山盛りの天ぷらにしたサプライズメニューや、
大きな鶏肉に小さな鶏肉を添えた、鶏肉好きにはたまらない一皿など、毎年、腕によりをかけたクリスマスのスペシャルディナーを用意してくれた。
僕には無縁な日のはずなのに、年に一度のこの日の“おばあめし”が何よりも楽しみだった。食卓には毎年違うバラエティ豊かな料理が並んだ。ただ唯一、欠かず登場したのが骨付きの鶏肉だった。
昨年のクリスマスは、おばあが台所に立つのが難しくなっていたので、僕は鶏の手羽元入りのーー
“ホワイトクリスマス豆乳鍋”を作った。鍋ならひとつで、おばあに摂ってほしい栄養がたっぷりで、焼いたり揚げたりするより簡単に作ることができた。食べたおばあも気に入ってくれて、いつもは辛口採点だけど珍しく「100点」をくれたのだった。
それから一年のあいだに、おばあは施設に入所し、僕の作ったものも口にすることはできなくなった。
だから今年のクリスマスはついに、24日のイヴも25日も、ひとりきりで過ごすことになった。
しかも最近、おばあがいる施設内で、忘れかけていたコロナウィルスの感染者が出て、しばらく面会禁止になってしまった。
そうなると急に、おばあが家にいないことを意識させられ、今年も誰かと神戸の海の上で過ごすM君のことをはじめて羨ましく思った。
何もやる気が起こらないし、クリスマスのディナーは、賞味期限が怪しいけど、おばあが買い置きしていたインスタントのわかめラーメンで済ませ……なんてことではだめだ
僕には今、絶品の煮物料理を作るおばあのような、“炊いたんマスター”になるという目標がある!
せっかくの年に一度のクリスマスなのだから、スペシャルな炊いたんを作らないわけにはいかない! こうなったらもう、ひとりで作って食べて思い切り楽しんでやる!
というわけで、やけくそ……じゃなくて、やる気に火をつけ自転車に飛び乗り、いきつけのスーパーに行って揃えたのは
こんな食材。メインにしようと決めた鯛のアラは、過去におばあが、
こうやって何度も、
炊いてくれたことがある。もちろん――
骨付きの鶏肉(手羽元)も! 冷蔵庫に残っていた、色鮮かで何だかクリスマスっぽい色合いの瀬戸内のレモンやトマトも入れてしまえ!
メニューは、レモンとトマトの酸味を利かせた『トムヤムクン風レモントマトアクアパッツァ鶏鯛鍋』に決定! おいしい鍋の作り方やコツはおばあに尋ねることはできないし、聞いたところで「レモンなんてやめとけ」と否定されるのに決まってる。
ネットで似たような鍋が見つかるかもしれないけど、調べたりもしない。今日くらい、直感を開放して、楽しみながら作ればいい! おばあだって毎回、レシピに頼らず勘だけで作っていたのだから、炊いたんマスターになるためには避けて通れない道だ。
まずは土鍋に、かつお節を入れた湯の中に固めの食材――
根菜類を入れ、フタをして沸騰させたところに、
鶏の手羽元を投入。さらに、
野菜を入れてまた煮立たせたところで登場がするのが、メインの食材、
鯛のアラをドーン!
さらに味の決め手のレモンを切る。量は安全策で、控えめに三分の一くらい……いや、すでに火がついた心の声が「一度はじめたことは、きりよく最後までやってしまえ!」と急き立てる。そして結局、
レモン一個分、切って並べた。
僕の好きな酸っぱいスープ、トムヤムクンのようになれば大成功だけど、果たしてこれでよかったのか……フタを閉じる寸前に不安が……いやいや、見た目はカラフルでおいしそうだし、おばあの料理を食べ続けてきた自分の直感を信じるんだ!
そう自分に言い聞かせながらフタを閉じ、しばらくしてから、
一度、鯛のアラを裏返し、もう一度フタをして炊けば――
トムヤムクン風クリスマスアクアパッツァ鍋がほぼ完成! 味付けは、炊けた具材を取り分けたあと、
ちょっと奮発した天然醸造みそと、
魚の旨味が効いた石川県の魚醤「いしるだし」を使う。量は適当に、
これくらい。味見をすると、強い旨味と酸味、そして……焦げていないのになぜか苦味が!? だけどこれ以上調味料を足すのも怖いので、盛り付けた具材にスープを合わせ、
クリスマスのスペシャルメニューができあがった!
メニュー
・トムヤムクン風クリスマスアクアパッツァ鍋
鯛のアラ、鶏の手羽元、トマト、レモン、キャベツ、ネギ、水菜、エリンギ、しいたけ、まいたけ、ニンジン、かぼちゃ、れんこん、玉ねぎ、もずく
・ごはん(3分づき米)
ちなみに茶色いごはんは、玄米に近い3分づきの米を炊いている。
気になる鍋の味はーー
鯛も手羽元も、うまくて酸っぱくて、たしかにトムヤムクン風でおいしいことはおいしいけど……この苦味は何なんだ!? さっきよりも、時間が経てば経つほど強くなっているみたいだ。
怪しい食材といえば、レモン……そうか!
果肉がほとんど溶けた皮をかじると、やっぱり! 皮の苦味だ……って、しまった! 柑橘類の皮は苦かったんだ。しかも分厚いレモンの皮を一個分も……。
口の中のものがなくなっても、苦味だけがずっと残っている。
その苦味が僕を、食卓にはもうおばあがいないという現実に引き戻す。
勢いに任せて作ったものの、自分はひとりで何してたんだろう? 今年のクリスマスは気分も口の中もほろ苦い……って、そんな感傷に浸るために料理を作ったんじゃない!
苦味はあるものの、“勢いに任せて”もおいしくできたし、そのレモンの苦味と酸味の強い味わいが何だかクセになって、もう箸が止まらない。
想定外のものができたけど、レシピに頼らず勘だけで、オリジナルの料理を作ることができた。これでまた一歩、炊いたんマスターに近づけたということ。
おばあが食べたら何と言うだろうか。
「だからレモンなんかやめとけ、言うたんや。点数? そら、20点やな」
なんてあきれたように酷評されるのに違いない。
それでもいつか、おばあに食べてもらいたい。レモンの皮を取り除けば、きっと苦味が減って食べやすくなるから改良版を作っておこう。それまでにもっと、元気になっててや、おばあ!