車イスでも外がいい?おばあと僕と公園の花

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おばあは二月、コロナに感染した。重症化せず10日ほどで退院できたものの、体力がガクッと落ち、今でも外を出歩くことは難しい。

自分の足で買い物に行き、高齢者用のキャリーバッグに重い食料品を詰めて帰ってきていたのがほんの数ヶ月前だなんて……もう何年も経ってしまったみたいだ。

おばあはデイサービスにも週に3回ほど通うようになり、リハビリやレクリエーションで体を動かしている。だけど施設では何をするのもずっと室内だし、家では起きているあいだほとんどイスに座ってぼーっとテレビを見ている。表情がとぼしくなり、ずいぶん長いこと笑顔を見ていない気がする。

僕だって一日じゅう室内にいると気が滅入ってくる。そんなときは外に出て少し歩けば、身も心も軽くなってやる気が湧いてくる。

おばあもたまには外で日の光を浴びて、新鮮な空気をたっぷり吸ってもらいたい。そしてさらに元気になって、また台所に立って料理をしてほしい。

そこでおばあと一緒に近所の公園に出かけることにした。僕はこんなときのために、地域の社会福祉協議会から車イスをレンタルしていた。

おばあに提案すると、
「そんなら、早よ行こや!」
と僕より先に家の外に置いた車イスに向かっていく。久しぶりに公園に行けることがうれしいらしい。

車イスに座るおばあを手助けしていると、おばあより一回りほど年下の女性が
「あらあ!」
とこちらが驚くような声を上げて、
「まあ、最近顔見いへんと思ったら、そんなことになって、大変やねえ!」
と話しかけてきた。

僕は車イスの扱いに手間取り、
「……そうですね」
くらいしか返事をする余裕もない。それにおばあは知り合いが声をかけてきたのに、黙ったまま返事もしない。

さらにその女性はどこかに立ち去るでもなく、距離を取って車イスに乗るおばあをじっと見ている。
僕は会釈して車イスを押しはじめた。するとおばあが、
「もうええ……今日はどこも行かへん」
とぼそりと言った。

さっきまでお気に入りの帽子をちょこんと乗せるように被っていたのに、いつの間にか深く被り、横に回り込んでも表情が読み取れない。

どうやらおばあは車イスに乗っているところを知り合いに見られたのが、よっぽど恥ずかしかったらしい。

少し前まで自分の足で出歩いていたのに、今は車イスに乗らなければ外出できない。そんな自分の急激な体力の衰えを、顔見知りの好奇の目にさらされて、あらためて意識したのに違いなかった。

僕はおばあのつぶやきが聞こえていないフリをして、そのまま車イスを押して公園に向かった。おばあは家から離れるとまた帽子を浅く被り直し、公園に着くまで何も言わなかった。

僕のほうが
「日差しはきついけど、風があるなあ」
とか、
「おばあが乗った車イス、思ったより軽いわ」
などと独り言のように話していた。

ところが公園に着くと
「あの、花のところ行こや」
とおばあが張りのある声で言い、花壇のほうを指をさした。

緑が多くて広いこの公園に何があるのか、おばあは僕よりもよく知っている。コロナが広まる前、おばあは同年代の友人達と毎朝この公園の周りをウォーキングしていたのだ。

花壇に行くと、紫や黄やオレンジなど、色とりどりの花が咲いていた。ここにおばあと一緒に来るなんてはじめてだ。せっかくだからきれいな花を背景に写真を撮ろうとスマホを取り出した。すると、
「お撮りしましょうか?」
と背後から声が聞こえた。スタッフジャンパーを着た公園のスタッフだった。

もちろん僕とおばあは写真を撮ってもらった。

ただでさえおばあは、写真を撮るときなかなか笑顔を見せないし、さっき家の前で「行かへん」と言っていた。このときも不機嫌そうに写っていると思ったら――
公園に車イスに乗っている祖母と孫(自分)
自然な笑顔やんか、おばあ!

シャツの花柄が背景とも合っているし、写真ではよく目をつむっている僕も、ちゃんと目を開いている。

公園のスタッフに感謝を伝えて、代りにアンケートに答えた。公園の使い心地や、新しく設置してほしいものといった質問項目が並んでいる。

公園に今あるものの他に何があるといいか、おばあに尋ねると、
「これで、じゅうぶんや!」
と言った。僕もその通りだと思った。花と緑があればそれでいい。

帰りながら
「公園、行ってよかったやろ」
とおばあに言うと
「まあ、そうやな」
と認めてくれた。

それなのに、
「また行きたいやろ?」
と聞くと
「さあ、それはどうやろな」
って……笑顔で楽しんでくれてたやんか! と言いかけたけど、これがいつものおばあだ。何かをするとき、はじめは文句を言ったり気乗りしないように見えるけど、結局僕より面白がっている。

入院前の状態に一歩近づいたようだ。だから何を言ったって……また一緒に公園行くで、おばあ!