祖母の指令で孫がさばく!正月でもないのに、尾頭付き鯛の焼いたん

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珍しく夕方に、おばあから電話がかかってきた。何ごとかとたずねると、
「ええから、ちょっと来てくれ!」
と大声が響いたかと思うと、すぐに切れてしまった。

状況を説明できないほど、急を要することなのか。ということは、まさか……おばあに何かあった!? 80代後半にもなると、さすがに足腰も衰えてきている。敷居の段差にでもつまづいて、顔から床にダイブしてしまったとか!? それでもなんとか携帯電話にまでたどり着き、僕に助けを求めた。なんてこと……じゅうぶんあり得る!

急ぎの仕事も放りだし、全速力で駆け付けると――居間におばあの姿がない!?
「どこや! どこにおるんや!」
と声を張り上げると
「ここや!」
返事がした台所に急ぐと、おばあはシンクの前に立ち、包丁を握りしめ固いニンジンをザクザク切っていた。転んで動けないどころか……元気に調理の真っ最中やんか、おばあ!

安心したけど、何だか腹が立った。ひとこと言ってやろうと思ったけど、
「魚さばいてくれ!」
とおばあの言葉にさえぎられた。シンクを見ると、そこにはなんと……尾頭つきの鯛が! 小ぶりだけど赤く艶やかに輝いて、見るからに新鮮だ。

聞くとこの鯛、スーパーでなんと100円以下の大安売りをしていたらしい。だけどウロコも内臓もそのままなので、さばかないと食べられない。

おばあは半世紀以上、誰かのために料理をつくってきた。調理の腕前も経験もかなりのものだけど、唯一ともいえる弱点は丸ごとの魚。

山育ちということもあって、魚をイチからさばくのは得意じゃない。さらに最近は、歳をとって細かな作業がますます難しくなり、魚は必ず下処理がいらないものを買ってきていた。

でも今日は、あまりの安さにこの鯛を買わずにはいられなかったのだ。おばあが生まれ育った愛媛の山奥では、鯛といえば年に一度、正月に食べられるかどうかのご馳走だった。それが100円以下で買えたのだから、迷わず手に取ったのもうなづける。

僕も鯛は大好物だけど、調理は得意じゃない、というより料理自体あまりしないからやり方もよくわからない。それでも鯛を食べたい気持ちと、珍しくおばあが料理のことで僕を頼ってくれたうれしさで、なんとか包丁でウロコをとり、内臓とエラを取りのぞいた。

そのあいだ、おばあは味噌味の鍋を作っていた。煮込み系はお手の物……のはずだけど、
「おいしくできていますか?」
と聞いてみると、返事がない。まさか、味付けを失敗したとか!? さっきの威勢の良さとは反対に、じっと黙っているので心配になってくる。

 
 
 
 
 
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さらにおばあは黙ったまま、僕のさばいた鯛をフライパンに並べる。また同じ質問をすると……少し間があって、
「(おいしく)できるようにやってます」
とのこと。そうか…‥‥僕の質問は、愚問だった。おばあが作ったものは、おいしくなるのに決まっている。さっきの沈黙は『そんなわかりきったこと聞くな』という意味だったのだ。

僕はそれから一度家に帰り、やり残した仕事を片づけ、晩ごはんの時間におばあの家にやってきた。

テーブルに乗っているメニューは、もちろん鍋。そして鯛の塩焼きだ。さらにいつものサラダは――
刻み昆布とミニトマトが乗ったキャベツのサラダ
ミニトマトに加え、刻み昆布がたっぷり乗ったスペシャルバージョン!

メニュー
・味噌鍋
・鯛の焼いたん
・サラダ
キャベツ、ミニトマト、刻み昆布
・ごはん

だけどおばあの表情はいつも以上に険しくて、眉間に深くシワが寄った仏頂面をしている。まさか……鍋の味付けを失敗した!? 調理中の沈黙はそういう意味だったのか!? おばあは僕が来るより先に食べ終えている。それでやっぱり味に満足できず、眉間にシワが寄ってしまったとしたら……。

僕が不安を抱えたまま席に着くと――
食卓で鍋のフタを持ち上げる祖母・おばあ
おばあが鍋のフタに手を伸ばす。そしてフタを持ち上げたその瞬間、仏頂面だったおばあの表情が――
鍋のフタを持ち上げて笑顔を見せる祖母・おばあ
ぱあっと明るい笑顔に変わった。味噌の香りが立ち上って、ますます食欲をそそる。肝心の鍋の中は――
鍋の中で煮えている味噌鍋
ニンジンや鶏肉、刻みこんにゃくなどの具材が、きれいな味噌の色に染まっている。
それを小皿に取り分け――
小皿に取り分けた味噌鍋の具材
鶏肉から頬張ると……味噌の滋味深い味がしっかり染みていて、ほっとするようなおいしさ!

鯛の焼き加減も――
皿に盛りつけた鯛の塩焼き
表面の焼き色といい身のふっくらした感じといい、完璧だ。僕がテキトーに振った塩加減も悪くなく、白い身を口に入れるとジュワっとうま味が染み出してくる。

「鍋も鯛もおいしくできてるな」
と感想を伝えると、
「そらそうや!」
と誇らしげな答えが返ってきた。

何だかおばあに振り回されっぱなしだった気がするけど、大きな満足感につつまれた。苦労の果てに得たよろこびは大きいと言うけど、まさにその通り。毎回のごはんも、出来合いのものを買ってくることだってできるけど、料理をするとさらにおいしく感じられる。だからおばあは歳のわりに食欲があって、元気でいられるのに違いない。

ただ電話では、先に要件を言ってもらわないと、毎回あんな助けを呼ぶような言い方をされたら、僕の寿命が縮んでしまいそうだ。