7月に入ったとたん、エアコンの除湿モードが止められない。晩ごはんの時間になり、歩いて5分ほどのおばあの家に向かおうと外に出ると、朝からの小雨が降り続いている。傘をさすほどでもないし、お腹は減っているし、そのまま早足でおばあの家にたどり着くと、小雨と汗で全身が粘りつくように湿っていた。
こんな日は、今年初のそうめんとか、冷たい蕎麦とかうどんとか、蒸し暑くてもつるっといける冷たい麺が食べたい! 季節と気候の変化に人一倍敏感なおばあなら、僕の希望をかなえる料理を用意しているはず。
おばあはたしか、6月1日の誕生日に『揖保乃糸』を知り合いからもらっていた。あの高級なそうめんの封印を解くのはいつかと、ひと月のあいだ楽しみにしていたけど、今日がそのとき……であってくれ!
期待を込めて居間の戸を開けると――テーブルには、涼しげな陶器の皿に糸のような白いそうめん……なんて影も形もなく、中央に陣取っているのは、大きな鍋!?
ガラスのフタの内側には水滴がつき、中身は熱々に違いない。この光景、思い出すのは、春先に汗だくで食べた、水炊き! あの時期はまだ肌寒い日もあったから、ぎりぎり鍋でも理解できるけど、まさか7月にもなって……そんなはずは!?
僕が驚いていると、
「さっさと座って食べや!」
おばあの大声が飛んできた。それほど急かせて、この蒸し暑さのなか、ただでさえ体が温まる水炊きを熱々のうちに食べさせたいのは、なぜなんだ!?
僕が席に着くと――
おばあは手を伸ばし、鍋のフタを持ち上げる。すると――
ふわっと湯気が立ち上り、現れた中身は―
黄色いたまご焼きに、大量の丸っこいシュウマイ!? 白菜もなければ鶏肉もない、なんて新しい水炊き……じゃない!? これは一体……何なんや、おばあ!
タケノコや練り物も入っているところをみると、どうやら煮物の一種らしい。水炊きじゃなくてほっとしたけど、どうして煮物にたまご焼きとシュウマイが?
思わずおばあにたずねると
「ええから食べてみい!」
とまた、大声で指令が飛んできた。
言われた通り、皿に取り分け――
食べてみると、たまご焼きはうま味たっぷりの出し巻きだ! おばあのレパートリーに出し巻きはないし、まったく焦げがない均一な見た目は、行きつけの総菜屋で買ってきたものに違いない。
とはいえ、うま味が効いた出し巻きに、いつもの甘めの煮物の味が加わって……一口めからもう、ごはんをかき込まずにはいられない。もともと完成された味わいの出し巻きを、おばあの得意の煮物の具材にすることで、さらにごはんに合う絶品のおかずに仕上がっている!
シュウマイはワンタンのようにふやけた皮に、これまた煮物の味が染み込んで、中身のしっかりとした肉の味とのコントラストがクセになる。続けてパクパクと口に放り込み、即座にごはんで追いかける。
この『和と中』が一体化した新作の煮物……めっちゃおいしいやんか、おばあ!
食卓にはほかにも、近ごろ定番になった――
『野菜と焼き魚のワンプレート』も並んでいる。しかも今日の魚は、赤い皮が鮮やかに輝いている、鯛!
メニュー
・たまご焼きとシュウマイの煮物
・野菜と鯛のワンプレート
〈野菜〉生:トマト、キャベツ、ピーマン、ブロッコリー 茹で:ほうれん草
・ごはん
新作の煮物に高級な鯛とは……。おばあはこの前、コロナウィルスのワクチンの2回目を打ってひと安心感したからか、何だか覇気が出てきたけど、今晩のメニューはさすがにやる気出しすぎで……最高やで、おばあ!
僕が来たときからずっと、おばあの眉間に『戦闘モード』のようなしわが刻まれているのは、やる気が満ちているからかもしれない。
それが料理の感想を告げると、ふっと眉間が緩み――
穏やかな表情が戻ってきた。
僕も何だかほっとして、料理を食べすすめる。そして一気に平らげたところで、
「まだあるで。冷蔵庫、見てみい」
とおばあが驚くことを言う。
これだけ豪勢な料理のほかに、まだ何か用意しているのか!?
テーブルを片付け言われた通りにすると、冷蔵庫に入っていたのは――
皿に乗った黒糖蒸しパン! おばあの『女子会仲間』が得意な、手作りのおやつだ。
さすがにもう食べられへんで、おばあ……と思ったけど、ひと口だけとつまんでみたところ、見た目より甘さは控えめで、もう一口食べたくなり……二口食べると止まらなくなり、結局全部食べてしまった。
心もお腹も大満足で、冷房はつけているけど背中に汗をかき、体の中から熱い力がみなぎってくるみたいだ。
蒸し暑くて体調を崩しやすい今だからこそ、さっぱりとしたそうめんをつるっとすするより、チャレンジ精神とボリューム満点の、食べごたえのあるメニューのほうが断然いい。そう思って、今日の晩ごはん作ったんやろ、おばあ!