新婚家庭の朝ごはん?いいえ、おばあの晩ごはん!ハムとたまご焼き、知らん魚の焼いたん

焼き魚にたまご焼き、ハム、サラダとくれば頭に浮かんでくるのは、やわらかな陽射しがレースのカーテンから差し込む、さわやかな休日の朝ごはん。テーブルの向かい側では、愛する人の笑顔、なんて僕の日常に存在するはずもなく……現実ではおばあが眉間にしわを寄せていた。
「何、黙ってわろとるんや。さっさと食べや!」
と大声で急かす。

テーブルに並んでいるのは新婚家庭の朝ごはんではなく、おばあがつくった晩ごはんだ。おばあの背後では、白いカバーが黄ばんだエアコンがかび臭い冷気を吹き出し、分厚い遮光カーテンがぴくりとも動かず壁のように窓を覆っていた。

知らん魚の焼いたん、玉子焼き、ハムなど、祖母(おばあ)がつくった晩ごはんのメニュー

メニュー
・知らん大きな魚の焼いたん(半身)
・たまご焼き
・ロースハム
・枝豆豆腐
・厚揚げと大根の炊いたん
・サラダ
生:玉ねぎ、ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

おばあはなぜこんな、朝ごはんみたいな組み合わせの料理をつくったのだろうか? いや、見れば見るほど、朝ごはんにはほど遠い。魚もたまご焼きもロースハムも、僕が置かれた状況も、ついさっき思い描いたさわやかなイメージとはかけ離れている。どうして僕はこのメニューを一目見て、朝ごはんを思い浮かべてしまったのだろうか?

巨大な知らん魚の焼いたん

まず魚がでかすぎる。僕が想像した和風モーニングセットについてくるような焼き鮭の、ゆうに3倍はある大きさの切り身が皿からはみ出てている。厚みもあって、箸で持つとずしりと重い。表面に平らについた焦げの具合からすると、おばあはこの魚の切り身をフライパンで焼いたのだろう。
「これ、なんていう魚なんや?」
魚の身を手と箸でほじくっているおばあにたずねると
「知らん!」
という答えが返ってきた。山育ちのおばあにとって、たいていの魚は〝知らん魚”だ。ひいきにしている商店街の魚屋で、その日のおすすめを名前もわからず買ってきている。最近は名前を答えられないことを恥ずかしいと思ったらしく、魚屋でメモして帰ってきていたのに、もう面倒になったのだろうか。

祖母(おばあ)作った玉子焼き

たまご焼きは、ばらばらに崩れてしまっている。帯状の黄色い層が形をとどめているので、スクランブルエッグではなくたまご焼きだとわかる。何か意図があるのか、ただ単に失敗しただけなのか……。そもそも大きな魚の切り身や煮物など、他にもおかずはいろいろあるのに、たまご焼きを加えたのはなぜなのだろう。

祖母(おばあ)が晩ごはんに用意した大量のハム

そして朝食感を最もかもし出しているのが、このロースハム。大きな焼き魚や、崩れたたまご焼きが朝ごはんっぽく見えたのも、ロースハムがあったからだ。一枚一枚きれいにそろった丸い形といい厚みといい、ムラのないピンク色といい、どのスーパーでも売っているお馴染みのやつ。その円形のロースハムを、おばあは半分に切り、さらに軽く二つ折りにして一枚ずつ丁寧に皿に並べている。僕の皿だけでひとパックぶんはある。ただ切って並べただけだけど、パックから取り出してそのまま皿にのせるより見栄えはいい。

それにしても、なぜおばあはロースハムを今晩の食卓に並べようと思ったのだろうか。ロースハムにしても、たまご焼きにしても、冷蔵庫の在庫を出してきた感じがする。

祖母(おばあ)が晩ごはんに用意した枝豆豆腐

枝豆豆腐も冷蔵庫に買い置きしてあるし、

厚揚げと大根の煮物

煮物は3日前から食べている。いつもはたっぷり皿に盛ってくれるのに、鍋の中身が少なかったのか、今晩は厚揚げが1つに大根が2つだけ。

そうか、おばあは今日、買い物に行っていないのだ。だとすれば、魚はどこからやってきたのだろうか。
「この魚、誰かにもらったんか?」
手づかみで魚にかぶりついているおばあに聞くと、
「知らん!」
とまた同じ答えが返ってきた。もらったか買ったかもわからないのか! ついにおばあもボケはじめたのだろうか。聞いてみたいけど、何度も質問をぶつけるとおばあは文句をいわれていると勘違いして怒鳴りつけてくる。これ以上、何も聞かないほうがいいだろうか、などと考えていると、
「いつもらったんか、買ったかもわからん魚が、冷凍室でカチカチに凍とったんや。思ったとおり、あんまりおいしくないわ」
おばあは珍しく申し訳なさそうにいって、手に持っていた魚の身を皿に置いた。

いつ冷凍したかもわからない古い魚がおしいしくないことを、おばあはわかっていたのだろう。だから冷蔵庫にあったものをメニューに加えたのに違いない。ロースハムやたまご焼きを食べると、味はこれまで通りおいしかった。

昼間は気温が37度を超え、暗くなってからもエアコンを止められないほど暑いので、買い物に出かけたくなかったのもわかる。熱中症で死者も出ているそうなので、おばあには外に出かけて欲しくない。
「明日も暑くなるみたいやで。代わりに買い物行ってこよか?」
大根をほおばるおばあに聞くと、
「いらん! 買い物くらい行けるわ」
と老人扱いされたのが気に入らないのか、強がりをいう。さらに続けて、
「そんなんより、嫁さんもろてから、買い物に行ってやらな長続きせんで」
と教訓めいたことをいった。

大丈夫、心配はいらない。まだしばらく、おばあのつくる料理を食べるつもりだから。そう言葉に出して伝えると、おばあはどんな反応をするだろうか。よろこぶのか落胆するのか、それとも機嫌が悪くなるのか。聞いてみたいけど、知らない方がいい気もする。

魚の身は固く、手と箸を使ってほぐすしかなかった。口に入れると脂が抜けていてパサつき、味はあまりしなかった。やっぱり明日、おばあの代わりに買い物に行こうと思った。

巨大な焼き魚の身をほぐしたところ

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