幼稚園児のころの夢。オトナになって味わう、皿いっぱいのミートボールとウインナー


幼稚園児のころの夢。オトナになって味わう、皿いっぱいのミートボールとウインナー

日本ハムのミートボール(トマトソース味)とサンマなど、おばあのつくった晩ごはんメニュー

メニュー
・ミートボール 日本ハム「国産鶏肉で作った直火焼でおいしいミートボール」
・サンマの焼いたん
・ウインナー
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

子どものころ、歌の発表会の練習やお遊戯を強制的にやらされる幼稚園が好きではなかった。ただ弁当の時間だけは待ち遠しかった。自分の意志で虫をとったり、地面に穴を掘ったりしているとほかのことは忘れて何時間でも没頭できるのに、人に何かをさせられるとなぜか腹が減って仕方なかったのだ。「しごとをするとおなかがへる」というような考えを、僕はそのころから持つようになった。

〝しごと”がひと段落すると、お待ちかねの弁当の時間がやってくる。「いただきます!」とみんなで合掌して、プラスチックの青いふたを開けると、中身がかがやいて見えた。

味付けのりや「のりたま」で彩られたたわら型のおにぎりと、カラフルなおかずが詰まっている。黄色いたまご焼きや赤いウインナーに並んで、ひときわ目を引いたのが照りのある赤茶色をしたひと口サイズのミートボールだ。決まってウズラのたまごと一緒に、ピンクや水色の串に刺さったものが2つある。ひとつめの串は最初に、もうひとつは最後に食べる。仲のいいクラスメートがおかずを欲しがっても、これだけはめぐんでやらなかった。

今、おばあの家の食卓で、あのときのミートボールが、たっぷり皿に盛られている! 12個もある。ミートボールをお腹いっぱい食べてみたいと子どものころに思っていた。ところが僕は、その願いどころか、ミートボールの存在そのものをいつからか忘れていた。

箸でつまむと、柔らかすぎず固すぎない絶妙な弾力。この感触は鮮明に覚えている。グーで箸を握って、おかずやおにぎりを突き刺して口に運んでいた僕に、クラスメートが箸の持ち方を教えてくれたときのことだ。教え方がよかったのか、僕はすぐに習得することができた。そのとき、正しい箸の持ち方ではじめてつまんだのが、たしかにミートボールだった。

そうだ。あのとき、レクチャーしてくれた友達が僕のミートボールを欲しがったのだ。生涯にわたって役立つ技術を伝授してくれたのだから、ひとつくらいあげてもよかった。今になって振り返るとそう思う。だけど、当時の僕にとっては将来のことよりも、ミートボールを味わうその瞬間のよろこびこそがすべてだった。

ひとつ口に入れると甘く、トマトのような風味、そしてすこしの酸味がある。味付けも歯ごたえも懐かしい。ごはんにも合う。もうひとつ食べてみる……やっぱり、おいしい。おいしいけど、何かがちがう。子どものころなら、弁当に入っているだけで感動し、これとごはんがあればほかに何もいらないとさえ思っていた。

今日の献立には、弁当のおかずみたいな小さめのウインナーも並んでいる。ミートボールと交互に食べると、幼稚園で待ちわびていた弁当の時間を思い出す。でもやっぱり、ウインナーとミートボールだけでは物足りない。

二つに切った秋刀魚を2尾、焼いたもの。フライパンで焼いたので表面が揚げたようになっている

今の僕は、ミートボールとウインナーと一緒に並んでいる、焼いたサンマのほうがうれしくなる。頭を取り胴体を半分にしたものが小さめの皿に収まっている。皮がボロボロになっているのはフライパンを使ったからだ。

焼いたというより、身から染み出した脂で表面がカリカリに揚がったようになっている。サラダ油を多めに引いたのかもしれない。内側の身はふっくら、表面は素揚げのサンマといった感じで、これはこれでうまい。骨も一緒に噛み砕いて食べられる。

ところでなぜおばあは、ミートボールとウインナーなんて、弁当みたいな献立を用意したのか。
「出来合いのもんばっかりやったんは、暑うて疲れてるからや! 暑いからみそ汁もつくらんかった!」
先に食事を終えたおばあがいう。話す内容だけは申し訳なさそうだけど、勢いのある有無をいわせないいつもの口調だ。サンマを焼くのは少し手間がかかるかもしれないけど、ミートボールはたしかパックのものを湯せんで温めるだけだし、ウインナーはサンマと一緒のフライパンで軽く焼けばいい。

おばあは弁当のおかずとか、僕の子どものころの思い出とか、そんなこと関係なしに、ただ簡単だからという理由で、弁当のようなおかずを用意したのだ。

空になった食器を持ったおばあは席を立ち、台所に向かった。

暑い日にスイカを食べるおばあ

居間に戻ってきたおばあが手にしている皿には、赤くみずみずしい、甘そうなスイカが! スイカを見たのは去年の夏以来だ。おばあは夏バテだといいながら、重量のあるスイカを買ってきていた。

皿にのったスイカは3切れ。「暑うて疲れてる」おばあは1切れ、食欲のある僕には2切れを食べさせてくれるのだろう。

暑い日にスイカ(2切れめ)を食べるおばあ

僕は食事を再開し、すぐまたおばあに目をやると、手にしたスイカの形が変わっていた。食べ進んだからではなく、明らかに別のものだ。

2切れ目のスイカにかぶりつくおばあ

皿にはひと切れめの残骸が横たわり、おばあは2切れめにかぶりついていた。

おばあが食べたスイカ2切れ。一切れだけのこる

驚くべき早さでおばあは2切れめも平らげてしまった。まさか! 3切れすべておばあひとりで食べる気じゃ……。僕が抗議の声を上げようとすると、おばあは皿に2切れめの皮を残して立ち上がった。そしてスイカの果汁のついた手を洗うためか、台所に向かって歩き出した。
「お前には、ひとつ残ってるんやから、そんでええやろ!」
僕に目もくれずにいった。

スイカは種が少なく、水分をたっぷり含んでいてシャキシャキして新鮮で、とても甘かった。ひと切れでも残してくれてよかったと安堵するのと同時に、箸の持ち方を教えてくれた友達のことも思い出した。あのときミートボールを分けてあげればよかったという後悔の念が湧き上がってきた。

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