台湾を思い出す、有名店のあの点心。教えてくれおばあ、料理の名前は何だっけ?

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小籠包と炒め物が一緒に入ったフライパン

この料理、何ていう名前だったっけ? 形は肉まんのような半円で、手の中に納まる大きさや皮の感じはシューマイに近い。どこかで食べたことがあるような、名前も知っているような気がするけど、どうしても思い出せない。わかるのは、これが中華料理ということだけだ。

そう、これは中華料理だ――去年、出張で台湾に行ったとき、行きそびれた料理店があった。そこは数ある台湾グルメの中でも特に有名な店だった。ガイドブックには必ずおすすめとして載っているし、ネットには膨大な中国語や日本語の口コミがあって、そのほとんどが絶賛し高得点をつけている。それによると、味がよくて値段も安く台湾に行ったという実感が得られるらしい。

はじめて行く台湾、しかも自由時間が限られる出張中、なるべく失敗せずに台湾らしいものが食べたい。かといってひとりで格式ばった店に入る勇気もない。となると、この店に行くしかない! とスケジュールにもきっちり組み込んでいた。ところが取材の仕事が長引いてしまい、泣く泣く断念したのだった。そうだ、あの店の看板メニューがこの料理ではなかったか! あの日、代わりに夜市に迷い込んだお陰で、別の台湾グルメを堪能できたので、はじめに行きたかった店のことなんて忘れていた。

おばあが今晩、用意したこの料理は、買ってきたものに違いない。ギョーザやシューマイだって、出来合いのものを温めるだけなのだ。それはいいけど、なぜ野菜炒めと一緒のフライパンで温めているのだろうか。茶色いタレが皮に染み込んで、余計な味がついてしまっている。元の味もよくわからないのに、いきなりこんなアレンジをしてしまうなんて……。フライパンがふさがっているなら、なんで電子レンジを使わないんだ。

このまま台所で突っ立っていても、次々と浮かんでくる疑問の答えは見つかりそうもない。ひとまず料理を皿によそって食卓に向かう。

小籠包や煮物など祖母(おばあ)が作った晩ごはんのメニュー

メニュー
・???
・牛肉と野菜の炒め物
牛肉、キャベツ、シメジ
・厚揚げとタケノコの炊いたん
・オクラのかつお節和え
・茹でもやし
・サラダ
生:玉ねぎ、トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

目の前で見れば見るほど、この料理の名前が気になって仕方ない。あと一歩のところで思い出せないのだ。向かいの席ではおばあが一口で頬張っている。もぞもぞと口を動かし、目の周りの皺が伸びたり縮んだりしている。これを買ってきたおばあなら名前を知っているはずだけど、素直に聞くのも気が引ける。というのも――

祖母(おばあ)が買ってきた小籠包

おばあがものの名前を忘れたときに、僕は何度もからかったことがある。あるとき「アレや、アレを冷蔵庫から持ってこい!」といわれたことがあった。よくよく聞いてみると〝アレ”の正体はキムチだということが判明した。そして別の日、「アレや、アレはどこや!」とおばあがまた〝アレ”を探していた。テレビ台の周りを調べていることから、どうやら今度の〝アレ”はリモコンらしい。そこに僕が「アレ、あったでー!」とわざと元気よく登場して、よく冷えたキムチを差し出したのだった。それからおばあが「アレはどこや」といいながら老眼鏡や電話帳を探しているときも、僕は冷蔵庫に急行してキムチを渡した。毎回おばあは怒鳴ってくるけど、僕は「アレってキムチのことやんか!」と笑いながらいい返している。

人のことをさんざん笑っておいて、自分がものの名前を忘れたときに教えてくれなんていえない。おばあはここぞとばかりに僕をなじってくるだろう。答えなんて教えてくれるわけがない。

だったら自分で調べてやる。Googleで「台湾 有名店 グルメ」とかで検索すればわかるはず。僕がスマホを取り出すと、
「ごはんのときは、それやめえや!」
とおばあが怒鳴った。自分は呆けたようにテレビを見ながらごはんを食べているくせに、僕がスマホを触ると怒るのはわけがわからない。

もしかして、僕がこの料理の名前を忘れていることに気がついているのではないか。だからスマホで調べることを禁止しているんだ。そしてたまらずおばあに聞いたときに、これまでに物忘れでからかわれた鬱憤を晴らそうという魂胆だろう。その手には乗らないぞ、おばあ! 黙って全部、食べてやる! と箸を握りしめたとき、おばあが手を伸ばし、四角い紙切れを僕の皿に立てかけた。そして、
「これ、なんて読むんや?」
と聞いてきた。

チルドの小籠包のパッケージ

紙切れには〝小籠包”と書いてある。
「ショーロンポーや! これ、ショーロンポーやで!」
僕は思わず叫んだ。台湾で食べられなかったのは、まさしくこの小籠包だ。
「なんでこれを買ってきたんや?」
「そら、うまそうで、安かったからや!」
おばあは当然のように答える。

おばあが持っていた紙切れは、どうやらラップに貼られていたシールらしい。〝うまそうで安い”料理を買ったものの、漢字が読めなかったのだ。おばあも僕と同じように、この料理の名前が気になっていたのか。

わざわざパッケージを切り抜き、素直に読み方を聞いたおばあに比べ、僕はなんてひねくれているんだ。ひどいことをいわれると疑ったことを謝りたい。ごめんよ、おばあ、そしてありがとう。感謝しながらひとつ頬張る。中から肉汁がじわっと染み出してきた。厚めの皮にあんがしっかり詰まっていて、食べごたえもあっておいしい。ただ、皮に染み込んだ野菜炒めの甘辛い味付けが邪魔だった。

小籠包を割った中身