晩ごはんを食べにおばあの家に向かう僕は、箱を2つ抱えていた。ひとつはアマゾンから届いた段ボール箱、もうひとつは4号サイズのホールケーキが入った白い箱。この日は6月1日、おばあの誕生日だ!
いつもは甘いものを控えるよう口うるさく注意しているけど、誕生日くらいはおばあの大好きな甘いケーキを思う存分食べてもらいたい。さらに手ぶらで来たように見せかけてからプレゼントを渡し、サプライズで喜びを倍増させたい。
そう思うと僕は居ても立っても居られず、いつもより20分早く到着した。そして台所にこっそり向かうと、2つの箱を冷蔵庫の中と上にそれぞれ置いておいた。
それから居間に行くと、いつもより20分も早いのに――
おばあはすでに食事を済ませ、テレビを見ながらくつろいでいた。近ごろおばあは、こらえ性がなくなったのか、僕が来る前でもお腹が減ると、ひとりでさっさと晩ごはんを食べ終えてしまう。
誕生日くらいお祝いしながら一緒に食べたかったのに。それにおばあも同じことを考えていると思っていたのに……どうして今日もひとりで食べてしまうんや、おばあ! そんなにお腹が減っていたのか?
まさか、誕生日ということを忘れている!? 膝が痛いと訴えることはあっても、頭の方はまだまだしっかりしていると思っていたのに!
いや……思い返してみると、最近、日めくりカレンダーの日にちがずれていることもしょっちゅうだし、日曜に放送の『ポツンと一軒家』を土曜にやっていないのかといったりするし……おばあの頭の中は5月のままということもありえるぞ!
ところが、壁の日めくりカレンダーに目をやると、ちゃんと6月1日になっている。そしてテーブルには――
メニュー
・鶏のもも焼き
・アジフライ
・煮物
フキ、タケノコ、ゴボウの練り物、手綱こんにゃく
・スパゲティサラダ
・ほうれん草のおひたし
・サラダ
生:キャベツ、トマト
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
豪華なメニューが並んでいる!
メインディッシュは見るからにジューシーで、ほどよい焼き目のついた鶏のもも焼き。前回のクリスマスにも出てきたおばあの得意料理だ! それに――
じゅうぶんメインにもなる惣菜のアジフライが、付け合わせ扱いだ!
旬のフキが入った煮物もあるし、
スパゲティサラダや、
ほうれん草のおひたしという小皿のおかずも充実している。
そして、いつものサラダは何だか山盛りだ。
これはもう、誕生日のスペシャルメニューとしか思えない! ということは、僕がケーキを買ってくることも、毎年のことだからしっかり覚えている!?
そのケーキが待ちきれず、晩ごはんをさっさと食べてしまった。そういうことなのか!?
「さっきから何してんねん! 早よ食べえや!」
とおばあの大声が飛んできた。やっぱりそうだ。僕が食事を終えてケーキを出してくるのを、おばあは心待ちにしているんだ。
おばあの期待にこたえて、僕は鶏のもも焼きにかぶりつく。続いてアジフライをかじり、ごはんをかき込み、小皿に箸を往復させて食べすすんだ。
全て平らげ一息つくと、向かいの席のおばあがこちらを横目でうかがい、何だかそわそわしている。
ケーキがあることを、やっぱりおばあは見抜いている。もう隠しても仕方がないので、僕は台所に急ぎ、ケーキの準備をして居間に戻った。
ケーキをテーブルに置くと――
すかさずおばあが手に取った。
「ロウソクもあるんやけど――」
僕がいい終わらないうちに、
「そんなんええから、さっさと切れ!」
と指示を出す。
僕はロウソクをあきらめて、皿を並べはじめた。するとおばあは、
「何してんねん!」
我慢の限界がきたようで、自ら菜切り包丁をつかみ――
ためらいなくケーキを切り、
4分の1個ぶんと、メッセージ入りのホワイトチョコプレートを――
自分の皿に取り分けた。
そして指についたクリームを舐めると、
バクバクとスプーンで食べすすめる。上に乗ったイチゴは――
思った以上に酸っぱかったらしく、顔をしかめてしばらく耐える。ショートケーキはイチゴの酸味とクリームの甘さのコントラストがおいしいのに、おばあはとにかく甘ければ甘いほどいいらしい。
吸い込むように残りを口に放り込み――
チョコプレートは最後に、じっくり味わうように平らげる。
全部食べ終えたおばあは、お茶を飲んで椅子の背もたれにもたれかかる。その視線の先には――
僕のぶんのケーキ。おばあはまだ食べ足りないみたいだ。
あと半分残っているので、
「今日くらいもっと食べたらええやん」
とすすめてみると
「もうええわ!」
おばあは大声で拒否する。なんだかわざとらしい。本心では食べたくても、太るのを気にして強がっているのに違いない。
そういうことなら、今年はケーキ以外にもプレゼントがある。僕は素早くケーキを食べ終え、残りを冷蔵庫にしまった。
もうひとつのプレゼントを渡せば、あと少し食べたいということは忘れて、満足してくれるはず。僕は冷蔵庫の上に隠しておいたアマゾンの箱を開け、中身を取り出し組み立てた。それをおばあの前に持っていく。
「これ何や? イスか?」
おばあが聞くので
「そこに足を乗せたら楽やで」
と僕は説明する。
プレゼントは、足置き(オットマン)として使えるスツールだ。中にはモノが入れられるし、使わないときには折りたたんでコンパクトになる。
イスに座ったままここに足を置けば、おばあが悩んでいる膝の痛みも少しはやわらぐはず。おばあはいわれた通り、
足を乗せる。
「どう? 膝は?」
僕が聞くと、おばあは無言でテレビを見はじめた。人一倍、強がりなおばあは、素直に感想をいえないのだろう。それでも見たところ足は楽そうだし、言葉に出さなくても喜んでくれていたらそれでいい。
そう思っていたら
「これ、ええやん!」
とおばあは大きな声でいった。珍しく素直なことをいうなんて、かなり満足してくれたみたいだ。それにやっぱり、言葉に出してくれたほうが僕もうれしい。
「今日の鶏のもも焼き、おいしかったで!」
僕も料理の感想を口にした。
するとおばあは、
「そうか」
と珍しく静かにうなづいた。