この茶色い甘酢タレとネギが散らされたカツは、総菜屋のチキンカツ! おばあが買ってくる惣菜の中でも、特に豪華なやつだ。それに豚トロとタケノコの煮物に、紅白なますまである。どれも僕の好きなものばかり。おばあに感謝しつつ、さあ食べよう、と勢いよく箸を握ったけど……ごはんがない。
ごはんはいつも、おばあがよそってくれている。半世紀以上にわたり誰かに料理をつくってきたおばあのプライドが、僕が自分で入れることを許さないらしい。だけど今日はめずらしく、忘れてしまったみたいだ。
向かいの席のおばあは、先に晩ごはんを食べ終え、空の食器が並んでいる……こ、これは!? 今晩は……ごはんじゃない! この大きな丼ぶりと、底に残った薄茶色のスープといえば――
ラーメンだ! 立派なチキンカツや豚トロの煮物があるのに、今晩はラーメンまであるというのか!? インスタントラーメンは、他におかずがないようなときにササっとつくるもののように思えるけど、おばあの認識は違っている。
おばあにとってインスタントラーメンは、おかずと一緒に食べるごちそうの一部だ。それにちょうど寒くなってきたところに、温かいラーメンとは、最高やんか、おばあ!
「今日はラーメンか!」
僕がいうと、
「そうや、自分でつくってこい!」
おばあは台所を指さした。
今日のラーメンは何だろうか。チキンラーメンか、サッポロ一番か、それともこの前初めて食べたおばあが味を褒めていたチャルメラか!? 楽しみにしながら台所に行くと、そこにあったのは――
あもちんの味噌ラーメン!? あもちんといえば、以前おばあと一緒に尾道ラーメンをつくって食べた。あれはインスタントとは思えないほど完成度が高くて、尾道ラーメンを再現したというより、尾道ラーメンそのものだった。味噌ラーメンも期待できるぞ!
具材も用意してくれているのはうれしいし、
茹でたまごとカイワレ大根というのはわかるけど――
この刻んだレタスは、どうすればいいんだ? そのまま乗せるのか? それとも――
この豚肉が入っている鍋で、一緒に煮たほうがいいのか?
それに豚肉の鍋は、スープをつくるんだよな。麺を茹でるのは別の鍋で……。段取りを考えながら、スープの小袋を手に取ろうとすると、
「さっさとつくらんかい! それ、かせ!」
大声がしたかと思うと、背後からぬっと腕が伸びてきて――
スープの小袋をつかみ、端を切り取り、
中身を鍋に流しいれた。続いて――
麺の袋をつかみ取り――
中身を別の鍋に投入した。颯爽と現れて、手際よくラーメンをつくりはじめたのは、もちろん――
おばあ! つくりにきてくれたんか!
おばあは両手で菜箸をあやつり、麺とスープの鍋を同時にかき混ぜる。「思うように手が動かへんなってきた」とこの前ぼやいていたけど、僕より器用なことをやってのけている! 華麗にターンテーブルを回し、スクラッチをキメる凄腕のDJみたいだ。
唖然とする僕をしり目に、ノリノリで鍋をかき回し、
「あとは、自分でできるやろ!」
そういいのこし、おばあは颯爽と居間に引き返していった。小さな背中が頼もしく、足取りはゆったりとしているはずなのに、颯爽と風を切っているように感じられた。何だかかっこいいぞ、おばあ。
僕は茹であがった麺を――
丼ぶりにうつす。麺はやや透き通っていてコシがありそう。そこにスープと、トッピングを加えれば――
味噌ラーメンの完成だ! 味噌とダシの芳醇な香りが立ち上ってくる。たまごとハムに生野菜というたっぷりの具材も乗って、これだけでじゅうぶん満足できそうだけど、今晩は――
メニュー
・阿藻珍味(あもちん)「備後府中味噌ラーメン」
ゆでたまご、カイワレ、ハム
・チキンカツ(惣菜)
・紅白なます
大根、にんじん、サバ
・豚トロとタケノコの煮物
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、ミニトマト、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
他のおかずも充実していて、豪華すぎるくらいだ。味噌ラーメンの香りに加えて、ずらっと並んだ献立ががますます空腹を刺激する。
箸をつかみ、ラーメンの丼ぶりに手を伸ばすと、
「ごはんもあるで! いるなら入れてこいや!」
とおばあがいった。
そうだった! おばあはいつも、僕が食べすぎるので、ごはんのお代わりを禁止している。それなのにラーメンのときはなぜか、確実に太るラーメンライスを解禁してくれるのだ。
だけど今晩はチキンカツもあるし、これだけ食べてごはんなんて……いける気がする! 味噌ラーメンのシメにごはん! これが合わないわけがない! 僕はおばあに感謝しつつ、丼ぶりを引き寄せて麺をすすった。