「おばあ、風邪ぎみで肉はきついで!」牛肉の炊いたんの山盛り~すき焼き風~

スポンサーリンク

晩ごはんにおばあがつくった、牛肉の炊いたんすき焼き風

メニュー
・牛肉の炊いたん~すき焼き風~
牛肉、白菜、糸こんにゃく、もやし、しめじ
・ところてん(黒みつ)
・白菜キムチ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

「すき焼きや!」
テーブルの上の料理を見た僕は、思わず声を上げた。するとおばあが、
「肉を炊いただけや!」
と怒ったようにいった。なぜそれほど強く、すき焼きではないと否定するのか。大型のフライパンの中からは、醤油と砂糖の甘辛い香りが漂ってくるものの、たしかにすき焼きというより、ほとんどが肉だ。しかも量がすごい。中央に牛肉の小高い山ができている。通常のすき焼きどころじゃない量の牛肉を、贅沢に投入しているのだ。だからおばあは、「肉を炊いた」と強調したかったのに違いない。

おばあは牛肉を滅多に買わない。鶏肉や豚肉より高いからだ。しかもおばあは、牛肉は国産の和牛と決めている。総入れ歯のおばあは、かつて特売の輸入牛肉を口にしたものの、固くて噛み切れなかった苦い経験があるのだ。

それに比べて和牛の肉は、赤身のあいだに脂が多くのっていてやわらかい。しかも脂がべとつかず、甘みがあり、見た目よりもあっさりしている。これがおばあの好みのストライクゾーンど真ん中の味らしい。もちろん僕も嫌いなわけがない。

それを惜しげもなく使って、料理してくれたのはうれしいけど、運動不足の30代(男)と、総入れ歯の80代(女)の2人で食べきれる量ではない。育ち盛りの子どもがいる大家族、たぶんサザエさん家でちょうどいいくらいの量だ。僕もおばあも誕生日ではないし、おじいの月命日は昨日だった。今日が何かの記念日というわけではなさそうだ。

「なんで、こんなに肉を炊いたんや?」
テーブルの向かい側で、肉をほおばっているおばあに聞くと
「お前、風邪気味やって、いうてたやろ?」
と逆に聞き返された。

たしかに昨日、僕は寒気がして頭が重く、風邪をひきかけているかもしれないとおばあにいったのだった。おばあは僕が体調が悪いと伝えても、うどんとか雑炊とか、食べやすくて消化にいいものを出そうとしない。それどころか揚げ物とか肉とか、こってりしたものを食卓に並べる。どうやらおばあは、ハイカロリーなものを口にすることで、体力がついて、体調が回復すると思っているらしい。

昨日、僕は43度の風呂で暖まり、しっかり睡眠をとった。それで寒気がおさまったからよかったものの、今日、本当に風邪をひいていたら、せっかくの牛肉を大量に残すところだった。

それにしても、食欲をそそる見た目と香りに、もう我慢できない。僕は箸を手に取り、牛肉の山の中腹に突き刺して、がさっと掴んだ……が、取り皿がない。肉を山に戻して、台所に取りに行こうかと思ったら、ちょうどその手前に、ごはん茶碗があった。ここに乗せろという、おばあの無言の指示なのかもしれない。

牛肉の炊いたん(すき焼き風)をごはんに乗せた牛丼

その通りにすると、牛肉たっぷりのすき焼き丼ができあがった。僕はたまらず茶碗を持ち、かき込んだ。甘辛い味付けが、ほどよく脂ののった牛肉に絡んで、肉自体の甘みと一体になっている。国産牛肉の上質な脂が、つゆと一緒にごはんを包み、サラサラと口の中に流れ込んでくる。

牛肉を先に食べきり、ごはんの上に盛ること3回。まだ茶碗にはごはんが残っているのに、もう食べられなくなった。いつもならごはんをお代わりするくらい余裕なのに、今日はもう入らない。やっぱり、ひきはじめの風邪の影響があるのかもしれない。

僕が箸を置くと、
「風邪ひいてて、そんだけ肉、食べたらじゅうぶんや」
とおばあは、満足そうにいった。
「肉がいっぱい残ったな。もったいないな」
僕が残念がると、
「今日、食べるためだけにつくったんやない!」
おばあは強い口調でいい
「明日も、明後日もまだ、肉はありそうやな」
そういって、にやりと笑った。