メニュー
・イサキの焼いたん
イサキ、生姜、レモン
・焼きナス
ナス、生姜
・たけのこの炊いたん(2日め)
・なます
大根、にんじん、サバ
・みそ汁
豆腐、白菜、わかめ、青ネギ
・サラダ
生:ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
おばあが最近、新しく覚えた言葉は“ダイソー”。テレビのバラエティ番組で、ダイソーが100円ショップの最大手になるまでの紆余曲折を、運営会社の社長が半生を振り返りながら語っていた。それを夕飯どきに見ていたおばあは、徒歩圏内にいくつかある100円ショップに、それぞれ個別の店名があることに気がついたのだ。
その翌日、おばあは
「駅の向こうのダイソーで、ハンガー買って来たで!」
と三点セットの品物をテーブルに並べて報告した。新しく買ったハンガーを僕に見せてどうしようというのか。おそらくそこに意味はない。おばあはただ、覚えたての“ダイソー”という言葉を口に出して使ってみたかったのだ。背筋が伸びて誇らしげなおばあの様子を見ていると、駅の向こうの100円ショップはダイソーではない、と指摘することはできなかった。
おばあが数十年前からたまに利用しているスーパー、“ダイエー”に語感が似ていることも、新しく“ダイソー”という言葉を覚えられた理由だろう。魚の名前になるとそうはいかない。煮付けがよく食卓に並ぶアイナメも、ふた月前の僕の誕生日に焼いてくれたノドグロも、おばあにとってはどちらも「知らん魚」だ。マグロやタイ、アジ、ハマチといった全国チェーンの回転寿司のネタになっているような、かなりポピュラーな魚の名前しか知らない。
それなのにアイナメやノドグロが食卓に並ぶのは、行きつけの商店街の魚屋がすすめたものを買ってきているからだ。名前は聞いているはずだけど、帰ってくるまでに忘れてしまうらしい。例外は、焼くと脂が甘くて美味だったムツだけ。名前が2文字で覚えやすかったのだろう。
今晩の夕飯にも、見慣れない魚の塩焼きが並んでいる。頭はなく、三枚におろされた半身だけでもぶ厚く、皿からはみ出すほど大きい。焦げめのついた皮はすこし湿気てやわらかくなっている。魚屋ですでに焼かれていたものを、テーブルに並べる直前に電子レンジで温めたらしい。
ほどよく脂がのって味は濃く、タイとアジをかけ合わせたようだ。おろし生姜とレモンという、シンプルでさわやかな風味の付け合せが、しっかりと味を引き立てている。ただし白い身はややパサついている。焼き立てならふっくらとして、さらにおいしかっただろう。
この魚の名前は、ムツのように2文字だったら覚えているかもしれない。だけど聞いたところで、今までの経験からすると高い確率で「知らん魚や!」と怒声を返されるだろう。僕は理不尽に怒られた気分になり、おばあは機嫌が悪くなる。そのあとは気まずくなるので、聞くなら僕が食事を終え、おばあの家を後にする直前がいい。
そう決めて魚の身をほぐしていると、
「魚は、イサキっていうんや!」
と突然、おばあの声がした。おばあは魚の名前を知っていたのだ。アイナメやノドグロは忘れても、イサキは覚えていた。ムツの例もあるし、魚の名前は3文字以下なら記憶できるのか。
僕は顔を上げ、テーブルの向かい側の席に視線を向けた。おばあは100円ショップでハンガーを買って来たときのように胸を張り、あごを突き出して勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。肘をついた右手で箸を握り、テーブルの下の左手がごそごそと怪しく動いている。
テーブルに乗り出して見てみると、おばあはズボンのポケットに紙切れをねじ込んでいた。魚屋の店主に何度も聞き返しながら“イサキ”と、紙切れに書き付けているおばあの様子がはっきりと頭に浮かんだ。
「この魚、イサキっていうんか。けっこううまいやん」
と僕はいった。カンニングペーパーを何食わぬ顔で隠すおばあを見ていると、本当は生のイサキを家で焼いて欲しかったと伝えることができなかった。