なんきんの炊いたんがあればいいのに、おばあが買ってくる謎の肉のカツ

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メニュー
・謎の肉のカツ
・なんきんの炊いたん
・みそ汁
油揚げ、白菜、豆腐、青ネギ
・ポテトサラダ(6日め!?)
じゃがいも、きゅうり、ハム
・サラダ
生:ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

見慣れた形の揚げ物が 食卓に並んでいる。粗めのパン粉で均一に覆われ、ムラなく茶色にこんがりと色づいている。一見すると普通のトンカツのようだけど、形が整いすぎていて違和感がある。

型に入れて成型したようなきれいな楕円形。今日は一口サイズに切り分けられている。白っぽい断面は豚肉のようでも、よく見ると脂身も筋もなく、細切れの肉をデンプンのようなものでミルフィーユ状に押し固めてあるように見える。これは、おばあがたまにスーパーで買ってくる謎の肉のカツだ。

箸でひと切れつまんで口に入れる。電子レンジではなくフライパンであたためてくれたらしく、揚げてから時間が経っているのに衣はサクサクだ。ただし中心はすこし冷たい。味は豚肉のようだけど、食感は魚のすり身の練りものみたいだ。脂身や赤身や筋がある本物の肉と違って、どこを噛んでも歯ごたえに変化はなく、ぐにゃっと潰れてぶちっと千切れる。

魚は値段の安いスーパーでは決して買わず、少し高くなっても目利きの店主がいる商店街の魚屋をおばあは利用する。塩焼きなら家で調理した焼き立てが食卓に並ぶ。そうまでして魚はできる限りおいしいものを出すのに、肉の味は気にならないのだろうか。

テーブルの向かい側に座るおばあに目を向ける。おばあは皿に顔を近づけ、かぼちゃの煮物を口いっぱいにほおばっている。その周囲にはみそ汁の椀やポテトサラダが盛られた小皿はあるけど、謎の肉のカツだけはない。

「なんでおばあは揚げ物を食べんのや?」
僕が聞くと
「これだけでじゅうぶんや! お前は肉がいるやろうから、ひとつだけ買ってきたんや!」
口の周りをかぼちゃで黄色くしたおばあは語気を荒げた。お前のためにカツを買ってきたのに、不満でもあるのか! とでもいいたいのだろう。

加工していない本物の豚肉を使った揚げたてのカツが食べたい! というのが僕の本音だ。だけどそれをいったところでもう遅い。おばあは肉料理や揚げ物をするのが面倒だったから出来合いのカツを買ってきたのだ。嫌なら食うな! といわれるだけだ。それに、おばあは肉が好きな僕のためにこのカツを買ってきてくれた。ここはありがたく平らげるのが、たとえ身内であっても礼儀というものだろう。

謎の肉のカツは、まずくはない。だけど、それほどおいしいわけでもない。今日のおかずは他にも、僕の好きなかぼちゃの煮物もある(本物のトンカツには負けるけど)。出来合いの正体不明のカツを買ってこなくても、おばあの手づくりのかぼちゃの煮物さえあればいい。

僕は謎の肉のカツの最後のひと切れを、半分だけ皿に残した。そして空になったかぼちゃの煮物の皿を持って台所に行き、鍋から大きなひと切れのかぼちゃをよそって席に戻った。

カツを買ってきてくれたのはありがたい。だけどこれさえあれば、僕もじゅうぶん満足できる。おかわりするくらいおいしいんや! そう思いながらやわらかいかぼちゃにかじりついた。おばあには複雑な感情を言葉で伝えても、理解してもらったためしがない。僕の行動を見て、わかってくれ!

おばあが僕に目を向けた。目を大きく見開いて、驚いたような顔をしている。よし、伝わっているぞ。そう思って僕がまた勢いよく、かぼちゃにかじりついたとき、
「お前、なんきんの炊いたん、好きやったんか!」
とおばあが叫んだ。まずはそこからか……。僕は暗澹とした気分になりかけた。だけど明るいおばあの顔を見ると、僕もうれしくなった。僕は小さくうなずいて、またかぼちゃをかじった。