おばあたち(全員80代)の女子会の日 孫に食わせるスーパーのお買得弁当

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祖母(おばあ)が買ってきたお買い得品の弁当

「今日はこんなんしかないで」
とおばあがいった。夕飯のテーブルには、プラスチックのトレーに入った弁当がのっている。

弁当に貼られている「お買得品」のシール

透明なフタには「お買得品」の文字。おばあが夕飯に、こういう市販の弁当を並べたのははじめてのことだ。

おばあは近ごろ、出来合いのものを買ってくることが多くなった。3月のひな祭りに食べた手毬寿司のセットも、ピンクのトレーに入ったものだった。去年はおばあお手製のちらし寿司を二人で頬張ったのに。2月の節分では、去年までは手づくりの恵方巻にかぶりついていたけど、今年は1本199円の特売品だった。

おばあはあと2か月足らずで84歳になる。そろそろ料理をつくることが体力的に難しくなってきているのか……。いや、そうは思えない。毎朝、近所の仲間たちと1時間のウォーキングに出かけ、週3回のフィットネスクラブ通いを続けているおばあに限って、体力の低下を理由に料理をしなくなるなんてありえない。プライドの高いおばあは、自分のつくる料理の味には自信を持っている。体力が持たずに出来合いの弁当を購入するくらいなら、まずはフィットネスやウォーキングの回数を減らしたりしそうなものだ。

もしかしておばあは素直に運動量を減らすことができないのではないか。フィットネスやウォーキングに通う回数が少なくなると、それぞれの場所で顔を合わせる同世代の知り合いたちに、体力の衰えを悟られてしまう。プライドの高いおばあにはそれが許せないのだろう。身内の僕に対してなら、まだ弱みを見せることもできそうだ。だから料理をつくる回数のほうが少しずつ減ってきているのかもしれない。

おばあの席に目をやると、弁当やおかずが並んでいなかった。空の皿やトレーもなく、先に食べた形跡もない。体力が落ちているだけでなく、食欲もなくなってきているのか! それともまさか、何も食べられないほど体調が悪いのに、僕のために弁当を買ってきてくれたのか!

「おばあ、何も食べんへんのか? 体は大丈夫か?」
僕は聞かずにはいられなかった。
「ようけ食うてきたからいらんのや」
「どこで食うたんや?」
「どこって、今日は、食事会や!」
とおばあは声を荒げた。

僕はほっと息をついた。なんだ、食事会だったのか。おばあはたまに、近所の高齢の女性たちと料理や菓子を持ちより、80代だけの女子会を開く。昼から夕方まで盛大に食べては笑い、心置きなく楽しい時間を過ごすという。そこでたらふく食べてくるので、晩ごはんは必要ない。弁当は腹がすいている僕のためにわざわざ買ってきてくれたのだ。そう思うと、今晩のメニューが余計においしそうに見えてくる。

祖母(おばあ)が女子会の日に買ってきた弁当など、晩ごはんのメニュー

メニュー
・スーパーの弁当(お買得品・400円)
豚肉と玉ねぎの炒め物、千切り大根とあげの煮物、がんもどき、赤いソーセージ、コロッケ、コールスロー、ごはん(梅干しとゴマのせ)
・鶏の唐揚げ(揚げずにからあげ)の残り
・煮物
大根、手綱こんにゃく、厚あげ
・サラダ
生:ミニトマト、春キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草

さっきおばあは「こんなんしかない」といったけど、メニューはけっこう充実している。

祖母(おばあ)が買ってきた弁当のメインディッシュ、豚肉の生姜焼き

弁当のメインのおかずは豚肉と玉ねぎの炒め物。甘めの味付けで一口食べるとごはんが欲しくなる。

弁当に入っていたごはん

カリカリの梅干しとゴマがのったごはんなんて久しぶりだ。炊きたてでもないし、端の方はふやけているけど、なぜか弁当のおかずを口にするとかき込みたくなる。

祖母(おばあ)が買ってきた弁当に入っていたコールスローと煮物

他にもコールスローや、

祖母(おばあ)が買ってきた弁当に入っていたがんもどき

ダシを吸ったがんもどき、

祖母(おばあ)が買ってきた弁当に入っていたコロッケ

コーン入りのコロッケ、

祖母(おばあ)が買ってきた弁当に入っていた赤いウインナー

赤いウインナーといったおかずが並び、見た目も鮮やか。ひと口ずつぱくぱくと食べ進む。それに今晩の献立は弁当だけじゃない。

祖母(おばあ)が晩ごはんにつくった厚揚げと大根と手綱こんにゃくの煮物

おばあがつくった煮物もある。これを女子会に持って行ったのだろう。厚あげにはダシがたっぷりしみ込み、大根は箸で持っただけで崩れてしまう。1日目とは思えないほどよく煮込まれていて、味付けは上品で食べやすい。これならおばあの友人たちも喜んでくれただろう。

「揚げずにからあげ」で作った唐揚げの前日の残り

さらに先日の唐揚げの残りもあるし、

祖母(おばあ)が毎日作っているサラダ

いつものサラダもちゃんと用意してくれている。
「おばあはさっき『こんなもん』ていうてたけど、これだけあればじゅうぶんやで」
「それなら、毎日弁当ばっかり買うてきてやろか」
といっておばあはにこりと笑った。
「それはあかん、これからもつくってくれや!」
僕は思わず本気でいった。冗談なのはわかっていたけど、おばあの料理が食べられなくなるのは嫌だ。おばあはまた口元を緩めてにやりとした。

どうやらおばあだけじゃない、体力が落ちてきているのは。これまで女子会の日は、そこで余った料理を、僕の夕飯としておばあが持って帰ってきていた。今回は料理が余らなかったのではないか。大量の料理をつくる元気が、おばあの仲間にもなくなってきているのかもしれない。

「今日は、料理が余るほどなかったんやな」
僕が独りごとのようにいうと
「いっぱいあったわ。全部、みんなで食べてしもたんや!」
とおばあが力強くいった。本当だとしたら何も心配はいらないけど――
「ほんまか?」
と聞くと、おばあはまたにやりと笑った。

弁当を食べ終わった後の空のトレー