おばあが煮物の新境地を開く!うす味の白い煮物と厚切りベーコン

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メニュー
・煮物
手羽元、ごぼ天、糸こんにゃく、たけのこ、じゃがいも、白い練りもの
・ベーコン
・みそ汁
豆腐、白菜、玉ねぎ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

煮物が白い。手羽元やじゃがいも、くるっと丸まったちくわ状の練りものなどの食材がまず白っぽい。色が濃いのは茶色いごぼ天だけ。おばあはうす口醤油を使うからいつも煮物の色はうすめだけど、今日はうすいどころか食材の色そのものだ。鶏肉が好きなおばあが焼いたり煮たりした手羽元を、僕もさんざん食べてきたけど、これほど白いものははじめて見た。水炊きの鍋に入っている骨付きの鶏肉みたいな色をしている。

これはもう、おばあが意識して白い具材を選び、色がつかないようにあえて醤油を少なくしたとしか思えない。煮物といえばおでんをはじめ、具材の芯まで味が染みた色の濃いものがうまいというイメージがある。だけど、いや、だからこそ、白い煮物をつくってやろうというおばあの強い意志が、目の前の皿に盛られた煮物から白い湯気と一緒に放たれている。一体何が、おばあを駆り立てるのだろうか。そもそもこんな白い煮物はうまいのだろうか。

はじめて目にする白い練りものを箸でつまむ。ふわっとしたやわらかな感触があり、たっぷり染み込んだ汁があふれ出てくる。やはり味は醤油の風味もしょっぱさも控えめ。その代わり、砂糖やみりんの甘さと、カツオダシのうま味が効いている。今まで食べた煮物の中でいちばん醤油の味がうすいけど……うまい。

ほくほくとしたジャガイモは甘味が引き立ち、ぷりぷりの手羽元はカツオダシの風味に彩られ、鶏肉のうま味を濃厚に感じる。味付けに使う醤油を減らし、ダシの割合を多くするというのは減塩の基本だ。

おばあの血圧はかなり高く、毎食後に降圧剤を飲んでいる。塩辛い味が好きなおばあは、長年の塩分のとりすぎがたたって血圧がなかなか下がらない。血圧が高いと、脳や心臓の血管が破裂して急死する危険が高まるという。おばあにはまだ死んでほしくない。僕はしょっちゅう減塩をすすめているけど、頑固なおばあは「自分の好きなもんしか食わん!」といって強情を張る。

それが今日ついに、減塩を意識して料理をつくってくれた。しかも醤油が欠かせない煮物をうす味でおいしく仕上げた。味付けを変えるのなら、見た目も一緒に変えてしまおうとおばあは思ったのだろう。だから醤油の量を最小限にとどめるだけでなく、白い具材を使って徹底的に煮物を白くした。そしてこの白さは、今までになかったおいしさと見た目の煮物をつくってやろうというおばあの覚悟をあらわす色だったのだ。

これからうす味の料理をつくってくれるなら、おばあの血圧も安定して長生きしてくれそうだ。おばあと血がつながっている僕も将来の血圧が心配なので、今から塩分が控えられるのもうれしい。

それはいいのだけど、煮物の隣にある皿に、3枚の厚切りのベーコンがのっているのはどういうわけだろう。ひとくちかじると、水分がほどよく飛んだ肉の弾力があって、味は……塩がしっかりと効いている。この塩気だけでじゅうぶん皿いっぱいのサラダが食べられる。

ベーコンがのった皿は、テーブルをはさんで向かいのおばあの席にはない。おばあはなぜ僕にだけ、味の濃いベーコンを出したのだろうか。おばあにたずねると、
「それ、普通のハムとちゃうんか!」
目を丸くして驚きの声を上げた。そして僕の皿からひときれを箸でつまんでかじり
「これは……うまいな!」
とまた大きな声を出した。

せっかく減塩する意志を固めてくれたと思ったのに。おばあはこの期に及んで濃い味付けの、新しい食べものの味を覚えてしまった。黙って僕がすべてのベーコンを平らげていればこんなことにはならなかった。後悔しても、もう手遅れだ。おばあは箸でつかんだベーコンをまたたく間に食べてしまい、僕の皿のもうひときれを目を輝かせて見つめていた。