おせち料理は、面倒な料理を手早くつくる、おばあの腕のみせどころ

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メニュー
・巻きずし
たまご焼き、高野豆腐、ほうれん草、きゅうり、かまぼこ
・雑煮
鶏肉、もち、かまぼこ、青ねぎ
・なます
大根、にんじん、サバ
・酢れんこん、酢ごぼう
れんこん、ごぼう
・数の子
数の子、かつおぶし
・黒豆

・栗の甘露煮

「正月の料理は簡単でええわあ!」
外を見ながら、おばあが言う。独りごとにしては声が大きすぎる。こういうときおばあは、僕に気付いてほしいことがあるのだ。

僕の目の前には、おばあが並べ終えたばかりの料理が7種類。大きな器から自分で小皿に取るのではなくて、すでにおばあが一品ずつ小皿に取り分けてくれている。いつもなら小皿をひとりで何枚も使うと、洗い物が増えて面倒だと文句を言うのに、今日はおばあ自ら大量の小皿を使ってしまっている。料理は簡単でも、洗い物に時間を取られてしまうではないか。

皿がたくさん並んでいるとなんだか豪華に見える。正月らしいめでたい感じを演出するためなら、洗い物が増えてもいいとおばあは考えている。だったらなぜ、料理が簡単にできたとわざわざアピールする必要があるのか。手間暇をかけたと言われたほうが、じっくり味わおうという気になるのに。

7皿の料理のうち、黒豆と栗の甘露煮、そして数の子は、スーパーで買ってきたものだし、雑煮は昨晩の年越しそばのつゆに焼いたもちを入れただけだ。だけど、酢れんこんと酢ごぼう、なます、巻きずしはおばあの手づくりだ。

巻きずしは、巻き簾の上に海苔、酢飯、具材の順にのせて巻いてつくる。一本分の食材の分量はつねに均一で、手慣れた動作ですぐに巻きあがる。近所の人にも配るらしく、黒い円筒をまたたく間に積み上げていた。

巻きずしをひとつ口に入れる。酢飯の酸味の加減がちょうどいい。きゅうりの歯ごたえ、たまご焼きと高野豆腐の甘さがぴったり合っている。まあ、普通の巻きずしだけど、僕は酢飯もつくれない。

普通の正月の料理が用意できる(半分近く買ってきたとしても)ことは、胸を張ってもいいと思う。それをおばあもわかっていて、「正月の料理は簡単」だと言ったのではないか。つまり技術やコツがいる料理を、簡単につくった自分はすごい、とおばあは言っている。それを僕に直接言うのは図々しいので、独りごとを装って間接的に伝えたのだ。

おばあはさっきから片うでをテーブルに乗せ、斜め上を向き、得意げな表情をくずさない。調子に乗っているおばあに直接、賛辞を送るのはしゃくにさわる。僕は返事をせず、黙ったまますべての料理を平らげた。