新年に向けて厄災を断つ、鶏肉入り年越しそば

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・年越しそば
そば、だし、かまぼこ、とり肉、たまご、ねぎ

つゆを一口すすると、濃厚な鶏肉の味がする。表面に具材としてのっているだけではなく、器の底にもたっぷり沈んでいた。鶏肉は合わせダシの風味やみりんの甘味に引き立てられ、この一杯の主役となっている。そしてひときわ存在感を放つのが半熟たまご。鶏肉との相性はばつぐんだ。半分ほど食べてからたまごををつぶし、乳白色のつゆを味わいたい。

ダシの良さに引きかえ、麺の無残なこと。かなり長いあいだ茹でられていたようで、箸が触れるだけでくずれてしまう。これではつまめない。しばらく悪戦苦闘してぐちゃぐちゃになってあきらめ、細切れの麺をつゆと一緒にすすり込む。

離乳食か介護食でも、もっとコシがあるわ。と、おばあにいってしまいそうになったけど、年の変わり目にまでケンカするのも嫌なので我慢した。一方おばあは、僕の気持ちも知らず、
「このそばは味がない。もっとダシで煮込めばよかったわ!」
と大きな声で独りごとをいっている。これ以上煮るのは勘弁してほしい。

そばをダシで煮込むというのも気になる。もともとコシがないそばを煮込み、さらに柔らかくしてしまう食べ方なんてあるのだろうか。おばあに聞いてみると、「煮込みそば」なるものが存在し、一部の地域で食べられているようだ。さらに年越しそばは柔らかく煮て、切れやすくなったほうが縁起がいいという。

なぜ縁起がいいのか聞いても、おばあは答えず音を立ててそばをすする。たぶん理由がわからないから、聞こえないふりをしているのだ。それを指摘するといい合いになりそうなので、僕は黙ってスマホで検索した。するとwikipediaで以下の記述が見つかった。

江戸時代には定着した日本の風習であり、蕎麦は他の麺類よりも切れやすいことから「今年一年の災厄を断ち切る」という意味で、大晦日の晩の年越し前に食べる(#歴史と由来を参照)蕎麦である

つまりそばがちぎれることで、一年の厄災を断ち切るという意味がある。それなら、僕の今年の厄災は器の中で細切れになった。

遠くで除夜の鐘が鳴っている。

「あけましておめでとう」
おばあがいう。
「今年は酉年やな」
ああ、だから鶏そばだったのか。具材にも意味があったのだ。

年越しそばを食べる理由も、おばあは知っていたのかもしれない。だとすれば、おばあも僕に話しかけないようにしているのだ。僕と同じく、年の変わり目くらいケンカせずに過ごしたいと思っているのだろう。それくらい、しょっちゅういい合いをしているということを思い知らされる。だけどお互い、同じことを思っているのだから、気持ちが通じ合っているともいえる。そういうことにしておこう。

僕はおばあにいった。
「あけましておめでとう」