おばあはまだ魚の名前を知らない。知らん魚の揚げたん

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メニュー
・知らん魚の揚げたん
・なんきんの炊いたん
かぼちゃ
・まなす
大根、にんじん、さば
・野菜
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

甘くてやわらかく、少ししょっぱく味付けされたなんきんの炊いたんは、おかずとしてもデザートのようにも、いろんな味わい方ができる。だけど炊いているのはかぼちゃだけというシンプルな料理だ。一切れが大きく、黄色い身と深緑の皮が皿の上で山となり、並んだ料理のなかでひときわ強い存在感を放っている。

それに比べ、この天ぷらは何だろう。衣は白っぽく、骨のようなものが飛び出し、鶏なのか魚なのか見た目ではよくわからない。おばあが家で揚げたものだとしたら、具材が一種類ということはないし、大きなバットに大量に盛られて出てくる。これはたぶんスーパーで買った惣菜だ。パリッとした衣にところどころ茶色い焦げ目がついているのは、おばあがフライパンであたためたからだろう。

骨をつまんでひとつ口に入れる。骨の周りには厚く身がついていて、しっかりとした歯ごたえがある。淡白な白身魚の味がする。噛みごたえがある白身魚といえば、もしかして……フグなのか!

フグといえば高級魚のはずだけど、近所のスーパーの惣菜コーナーに天ぷらが売られているのか。ダイエーにはよく行くけど、そんなの見たことがない。

「おばあ、この天ぷらやけど、何の魚なんや?」
聞かずにはいられなかった。
「何やったかな。この年になったらすぐに忘れるんや!」

忘れたって……。フグの天ぷらなんて、珍しくてちょっと高級な惣菜の名前を覚えていないのか。最近おばあは物忘れが多いけど、いつの間にか取り返しのつかないところまで記憶力が悪化しているのではないか。

「フグやろ。これはフグの味やで!」
何とか思い出してほしくて僕は必死だった。それに反発するようにおばあは力を込める。
「そやから知らん! 何回も聞くな!」

僕が強くいうほど、おばあは頑なになる。だから次はできる限りやさしく聞いた。
「この天ぷら、何の味がするんや?」
おばあはしばらく黙っていたけど
「……フグや」
とつぶやいた。

「じゃあ、この天ぷらは、何の天ぷらなんや?」
「……フグや」
おばあはうつむいて怒りをこらえているように見えた。幼稚園児にものを教えるようないい方に、腹を立てているのだろうか。だけどよく見ると肩が小刻みに揺れている。下から顔を覗き込むと、おばあは笑っていた。僕は魚の名前なんてどうでもよくなっていた。そのまま僕とおばあは黙ったまま残りの夕飯を食べ終えた。