先月、おばあの家に巨大なテレビカメラやガンマイクを手にした4人の撮影クルーがやってきた。おばあと僕はNHKの人気番組、サラメシに出演することになったのだ。サラメシとは、番組のナレーションを担当する中井貴一さんいわく「働くオトナの昼ご飯」のこと。
僕のサラメシは、おばあがつくる握りこぶしよりも大きなおにぎりだ。おばあの家ではおにぎりをつくっているところや、おばあと僕が一緒に晩ごはんを食べている様子を撮影したのだった。
あれから一か月以上経ち、ついに今晩、僕とおばあがサラメシに出演する。僕は仕事で人にインタビューをすることはよくあるけど、されたのははじめてだった。しかも業務用カメラの大口径レンズを前にして緊張しないわけがなく、何を話したのかほとんど思い出せない。的外れな言葉をしどろもどろで口走っている様子が全国のテレビ画面にさらされてしまうかもしれない。一方おばあは撮影中、いつも以上に口数が多く、自分が撮影されている非日常的な状況を楽しんでいるようだった。絶好調のおばあに僕がいい負かされているところもばっちり撮られていた。
毎週楽しみにしているテレビ番組に自分が出るのはうれしいけど、どう映るのか気になって仕方がない。放送日が近づくにつれて不安な気持ちが膨らんだ。それに引きかえおばあは、不安げな様子は一切見せない。楽しみにしているようでもない。僕の誕生日やひな祭りなどの行事では特別メニューを用意してくれるのに、今晩の献立は特に変わったところはなさそうだ。
メニュー
・知らん魚?の炊いたん
・煮物
厚揚げ、大根、糸こんにゃく、にんじん
・紅白なます
サバ、大根、にんじん
・茶碗蒸し
・枝豆豆腐
・サラダ
生:玉ねぎ、ミニトマト、春キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
厚揚げや糸こんにゃくなどの煮物は、週に2日くらいは食卓に並ぶし
枝豆が入った豆腐はおばあが好きなようで、最近よく買ってくる。
サラダに入っている野菜も普段通りだ。
煮付にした魚は、色や形になんとなく見覚えがあるけど、名前が何だったか思い出せない。おばあに聞いても「知らん!」といわれるだけだろう。山育ちのおばあには、アジやサバ、ヒラメくらいしか見分けがつかない。毎回、行きつけの魚屋のおすすめを買ってくるだけで、名前は覚えようとしないのだ。
煮付は頭の身がおいしいのに、頭だけ取ってしまっているところも魚への理解が足りない証拠だ。今日の煮付けも、おばあの定番メニュー「知らん魚の炊いたん」ということだ。おばあと僕がはじめてテレビに映る記念すべき日なのに……。
僕は毎日のように放送日時を伝えていたけど、もしかしておばあは覚えていないのだろうか。近ごろおばあは口ぐせのように「覚えてへん!」という。毎日接しているから気がつかないだけで、おばあの脳はかなり老化がすすんでいるんじゃないのか。テーブルの向かいのおばあに目をやると、民放のニュース番組を呆けたように見つめながら煮物の大根を口に運んでいた。
僕は取材のときにもらったサラメシ特製お弁当包みを、今晩のランチョンマットにするために自宅から持ってきていた。この派手なオレンジ色と、サラメシの4文字を四角に配置したロゴはおばあの目にも入っているはず。なのに何の反応を示さないところを見ると、おばあの頭脳は記憶力だけでなく、ものを認識する能力も落ちているのだろう。
今さらおばあの頭の中を心配をしてもどうにもならない。それよりもまずは料理を平らげてしまおう。お腹を満たして、ゆっくりと放送を見たい。
スプーンを手にして好物の茶碗蒸しを食べる。そういえば、黒いプラスチック容器に入っている茶碗蒸しは具だくさんの豪華版だ。しいたけやホタテ、うずらのたまごまで入っていて、値段は安売りのものの倍ほどもする。
紅白なますも久しぶりだ。おばあは季節に関係なくつくることもあるけど、これは正月のおせちとして食べることもある縁起のいい料理だ。実はおばあは今日のサラメシの放送を意識して、料理を用意したというのか。
続いて魚に箸をつける。赤みを帯びた銀色に輝く皮はうすく、半透明の脂の層に覆われた真っ白い身が現れた。箸先でつまむと、澄んだ脂がしたたるほど身はみずみずしくてやわらかい。口に入れると、甘い。脂に自然な甘味が溶け込んでいる。滑らかな舌触りを残して口の中で身がほどけた。たまらずもう一口、二口と食べ進む。これは、以前に食べたことがあるあの味だ!
「それはアカムツや!」
と聞いてもないのにおばあがいった。アカムツといえば北陸ではノドグロと呼ばれる高級魚! 去年の僕の誕生日には焼いたものを出してくれた。ノドグロという名前の通り口の中が黒く、目が大きいことが特徴だけど、頭がないので気がつかなかった。
それにしても、おばあが魚の名前を新しく覚えたのは驚きだ。決して安くないノドグロを買ってきたのもすごい。僕には変わったそぶりは見せなかったけど、おばあは自分が映るサラメシの放送日を心待ちにしていたのに違いない。
「さっさと食べや!」
とおばあがいう。いつもなら洗い物を早く済ませたいおばあが僕にいう言葉である。でも今日は違う。サラメシがはじまるまでに食事を終えて、一緒に集中して見ようという意味でいっているのだ。
言葉だけじゃなく、おばあがつくる料理だって毎日、違う何かが込められている。それを僕はここにおばあめしとして記し続けてきた。
空になった食器をシンクに運び、台所から戻ってくると、テレビのチャンネルは民放からNHKに変わっていた。五木ひろしと坂本冬美のデュエットが終わるとサラメシがはじまった。僕が画面に映っている。思ったよりまともにしゃべっていて安心した。編集でいいところだけをつないでくれたお陰かもしれない。
それをおばあは普段と変わらない表情で、じっと見つめていた。かと思うと、自分が映った瞬間にぷっと噴き出して笑いが止まらなくなった。僕もつられて一緒に笑った。