地震の日にもおばあがはしゃぐ! 固い焼き鮭とスーパーのコロッケ

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スマホが通話状態になった途端、
「揺れた揺れたあ!」
とおばあの大声が聞こえた。こんなときに何ではしゃいでるんだよと思ったけど、無事のようでひとまず安心した。

ついさっき台所で顔を洗っていると、床から突き上げられるように足元が揺れた。直後にぐらぐらと横に揺さぶられ、棚に立てていた歯ブラシや歯磨き粉のチューブ、調味料の瓶が流し台に落ちて転がり、ブラックペッパーの蓋が外れて中身が床にまで散らばった。10秒ほどで揺れは収まったものの、振り返ると部屋じゅうに本が散乱していた。3つある本棚から飛び出していたり、積み上げていたものが崩壊したりしていたのだった。

スマホから「強い揺れに警戒してください」という緊急地震速報の音声が、揺れが収まった直後に流れてきた。震源地は近いらしい。僕は静かになったスマホを手にして、おばあに電話をかけた。大きな災害のあとは電話がつながらなくなるというけど、幸いにも呼び出し音が鳴った。

時刻は8時になろうとしている。おばあは日課のウォーキングから帰ってくるころだ。外にいたら屋根瓦とか割れた窓ガラスとか、何が落ちてくるかわからない。家に帰っていたとしても、重たい壁かけ時計やタンスなど、当たればただではすまないものがいくらでもある。部屋の中央のイスに座っていても、大きな揺れに驚いて慌てて立ち上がり、勢いよく転んでしまうかもれない。おばあは先日、84歳になった。この歳でひどく骨折すると、一生寝たきりということもあり得る。

何よりもまず、おばあが心配だと思って電話をかけたのに、やけに楽しそうな返事が返ってきたのだった。テーブルからティッシュの箱が落ちたくらいで、部屋の中に異常はないとおばあはいった。電話をかけたままチェックさせた家の外側も、ひび割れなどの問題はないようだ。

僕は出かける予定をすべて取りやめ、自分の家の中の片づけをはじめた。近所で水道管が破裂して水が噴き出している様子がテレビ画面に流れていたけど、その後、大きな地震は起きなかった。それにおばあの声も元気そうだったので、いつもの夕飯の時間までおばあの家には行かなかった。

怪我はなく家も無事だったとはいえ、熊本の震災のときのように、さらに大きな揺れがやってくるかもしれない。僕は家の周りをチェックした以外は、外を出歩かないようにしていた。地震の情報が気になってテレビを点けっぱなしにしていて、仕事はあまり手につかなかった。おばあも、いつまた地震が起こるかもしれない不安を抱え、料理をする気にはなれなかったかもしれない。今晩のメニューは、おばあが常備しているインスタントラーメンか何かだろうと覚悟していた。だけど、

焼いた鮭やかぼちゃの煮物など、祖母(おばあ)が作った晩ごはんのメニュー

メニュー
・鮭の焼いたん
・南瓜の炊いたん
・大根おろし
大根、じゃこ
・肉屋のコロッケ
・サラダ
生:玉ねぎ、ミニトマト、春キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

食卓にはいくつもの料理が並んでいた。とはいえ、いつも通りというわけでもない。

祖母(おばあ)が焼いた鮭

メニューには珍しく焼いた鮭がある。僕がいつも朝と昼に食べる、おばあがつくってくれるおにぎりに、具材として入っていることはよくあるけど、晩ごはんで出てきたのはいつぶりだろうか。思い出せないほど前のことだ。

やっぱりおばあも外に出るのが嫌で、買い置きしてあった、おにぎりの具材にするつもりの鮭を今晩のメニューに加えたのだろう。だとしたらおかしいぞ。この焼き鮭はカリカリに乾燥し、日照りで干上がった田んぼようにひび割れている。色も不自然なほど真っ赤だ。一方、おばあがつくるおにぎりに入っている鮭は、いつも脂が乗ってテカテカと輝き、身をつまむとエキスが滴るほどしっとりしていて色はうすいピンク色。今晩の鮭より新鮮なのは明らかだ。

どうやらおばあは、冷蔵庫に残っていた鮭を焼いたのではなく、わざわざ買い物に出かけてこの干からびたような鮭を買ってきたらしい。地震が怖くて外出していなかったわけではないのだ。たしかにメニューには、おばあが買い物に行った証拠がある。

肉屋のコロッケ

コロッケはおばあの料理のレパートリーにはない。いつも商店街の肉屋で買ってくる。じゃがいもと玉ねぎの甘みが十分に引き出されていてミンチは多め。僕が子どものころから好きな味だ。箸をつけると衣がサクッと割れた。前日に買っていて冷蔵庫で保管していたなら、衣が湿気てやわらかくなっているはず。だとすればおばあは今日、地震の後に買い物に出かけたことになる。

地震に怯えて家に閉じこもっていた僕とは違い、おばあが勇気を出して外出してくれたおかげで、今日も肉屋のコロッケが食べられる! 感謝の気持ちを込めて、コロッケをひと口大に丁寧に箸で切って口に運んだ。口に入れた瞬間に感じられる、じゃがいもと玉ねぎの豊かな甘みが、今日も……感じられない。ミンチもほとんど入っていない。これは、商店街の肉屋のコロッケじゃない!

僕やおばあの家の被害はほとんどなかったし、商店街の魚屋や肉屋が休業したとは思えない。もしかして、おばあは今日、買い物に出かけていないのか。だったらいつもと違う鮭やコロッケはどうやって手に入れたんだ。考えられるのは、近所のおばあの知り合いだ。高齢のおばあを心配して、外を出歩かなくてもいいようにゆずってくれた。そうだ、それなら説明がつく。

「鮭とコロッケは誰にもらったんや?」
テーブルの向かい側のおばあに聞いた。くれた人に近所で会ったとき、僕からもお礼をいっておきたい。コロッケをかじっていたおばあは動きを止め、眉間にしわを寄せた。そして、
「もらったんとちゃうわ! スーパーで買うて来たんや!」
と声を荒げた。スーパーだって! 鮭もコロッケもスーパーで買ってきたことはないのに!
「なんで商店街に行かんかったんや?」
「スーパーでいっぺんに買うたら、早ように帰ってこれるやろ!」
おばあは口の中のコロッケのかけらを飛ばしながら答えた。

たしかにスーパーは商店街よりも近くにあるし、魚屋や肉屋を別々に回るよりも早く買い物を済ませられる。普段強がっているおばあもやっぱり、阪神淡路大震災のときくらい揺れた今回の地震は怖かったのだ。それでも買い置きのインスタントラーメンで済ませず、買い物に出かけて、これだけの品数の料理を用意してくれた。スルメのような固い焼き鮭と、じゃがいもばかりであまり味がしないコロッケが、やけにごはんに合う。じっくり味わいながら、すべて残さず平らげた。

空になった食器を重ね、流し台に持って行こうと立ち上がると、おばあの足が視界に入った。思わず僕は二度見した。履いているのは足首丈の五本指ソックス。しかも鮮やかなレモン色をベースに、オレンジ、緑、赤色のにぎやかな模様が描かれている。「フーセンガム みかん」という文字も読み取れる。いつもはえんじ色とか灰色の地味な靴下を履いているのに、おばあがこんなド派手な趣味に走るなんて! 幼いころからおばあの姿を目にしてきた僕にとって、地震が起こったことよりも大きな衝撃だ。
「どうしたんや、その履いてるもんは!」
「この前、誕生日やいうて、人からもらったんや」
おばあはうれしそうな笑顔で答えた。

おばあは先日、84歳の誕生日をむかえた。そのお祝いとして、この派手な靴下を数日前に知り合いからもらったらしい。さらに問いただすと、靴下をくれたのはおばあが通っている女性だけのフィットネスクラブの顔見知りだという。この靴下を選んだセンスは理解できないけど、おばあが楽しそうなのでプレゼントとしては成功だ。

何日も前にもらったカラフルな靴下を、おばは地震があった今日、はじめて履いた。おばあはまた地震が起こることをたしかに恐れていた。でも心の奥底では、いつもと違う状況に、子どもみたいにはしゃいでいたのだ。

おばあが履いていた派手な靴下