祖母(おばあ)がインスタ映えを狙う? 食材を混ぜずに並べる、フライパンすき焼き

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おばあの家の戸を開けた僕は、思わず鼻から息を吸った。醤油と砂糖に酒、そして牛肉の脂が熱せられ、一つになり、お互いの甘さや辛さを何倍にも引き立て合っているこの香り――すき焼きだ!

玄関を駆け上がり、居間の引き戸を勢いよく開ける。テレビを見ていたおばあが
「なんや! せわしいな」
と僕に振り向いた。

僕はおばあに構わず食卓に駆け寄った。その中央には、何よりもごはんが欲しくなる、食欲をそそる香りの発生源、すき焼きが、専用の底の浅い鉄鍋……ではなく、普通の丸いフライパンに入っていた。たしかに香りはすき焼きだけど、今日は様子がいつもと違う。

食材が混ざっていないすき焼き。鍋を横からみたところ。

違うのは鍋だけじゃない。中身はおばあがつくったすき焼きとは思えないほど様変わりしていた。

具材がきれいにわかれたすき焼きなど、祖母(おばあ)がつくった晩ごはんのメニュー

牛肉、ネギ、えのき、しめじ、しらたきが、食材ごとに、丸いフライパンの中で円を描くように整然と並んでいる。おばあがつくるすき焼きは、いつも全ての食材が一緒くたに混ざり合っていた。「どうせ、腹の中では全部一緒になるんや」という考え方のおばあは、見た目はあまり気にしていなかった。

味が全体になじみやすいからか、おばあはすき焼きをつくると食材をぐるぐるとかき混ぜてしまう。カレーを食べるときにも、皿の中のごはんとカレーを全部ぐちゃぐちゃに混ぜてから口に運ぶ。同じ容器の中の食べ物は、何でも混ぜてしまったほうがおいしくなると思っているのかもしれない。

ところが今日の食材の配置は、見た目を意識したとしか思えない。中央には2つ、丸い肉団子まで並んでいる。これは数日前におばあが総菜屋で買ってきた、甘酢あんのかかった中華風肉団子の残りだ。茶色いあんが周りに広がっていないところを見ると、電子レンジで温めたものを、わざわざすき焼きの具材の真ん中にそっと盛り付けたらしい。すき焼き用の鍋ではなくフライパンを使ったというのも、おばあなりの美意識の現れかもしれない。

それにしても、なぜ今日に限って、見た目を気にしてすき焼きをつくったのだろうか。

「今日のすき焼き、いつもと違うな」
僕がいうと
「そうか?」
とおばあはとぼけた返事をした

「きれいに盛り付けてあって、ええやんか」
今度は褒めてみると
「この前、テレビで見たんやけどな。ほら、あの、写真のやつや」
おばあは露骨に話題を変えにかかった。これ以上追求すると怒り出しそうなので、僕はおばあの話にのっかることにした。
「なんや? 写真がどうかしたんか?」
「近ごろは写真を撮ると、誰でも見れるようになるらしいな。そんで知らん人でも、ええとか何とかいうてくれるんやな」

撮った写真が誰でも見られて、知らない人からも「ええ」(いい)といってもらえる……。
「おばあが見たテレビ番組、写真撮ってたのは女の子やろ。そんでカラフルなアイスクリームとか、ちっこい犬なんかと一緒に写ってたんとちゃうか?」
「まあ、そうやったな」
間違いない。おばあがいっているのはインスタグラムのことだ。最近、テレビ番組で取り上げているのを、僕も何度か目にしたことがある。

「何で、その誰でも見れる写真が気になるんや?」
「お前がここで撮ってる写真も、誰でも見れるんやろ?」
「うん、そうやな」
僕が答えると
「おお、そうか!」
おばあは満足そうに頷いた。僕の場合はインスタグラムがメインじゃないけど、スマホやパソコンから誰でも見られるというのは一緒だ。

「もう、写真撮ったな!」
おばあは僕に念を押すと、すき焼きを取り皿によそいはじめた。目元にしわが寄り、何だか嬉しそう。そうか! おばあは、インスタ映えを意識して、すき焼きの食材をきれいに並べていたのだ。だったら、おばあの期待に応えて、もっと気合を入れて何枚か撮っておこう。僕はまたカメラを手に取り撮影をはじめた。何度もシャッターを切っていると、

「もう撮ったんとちゃうんか! ええ加減、冷めてまうで!」
とおばあの大声が響いた。僕は腹が減っていたのを思い出し、箸を手に取った。

祖母(おばあ)がつくったすき焼きなど、晩ごはんのメニュー

メニュー
・すき焼き
牛肉、ネギ、しらたき、えのき、しめじ、中華肉団子
・紅白なます
大根、にんじん、サバ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん