メニュー
・小いわしの煮たん
・煮物
鶏もも肉(骨つき)、大根、厚あげ、ごぼ天、こんにゃく
・みそ汁
白菜、あげ、さといも、青ねぎ
・野菜
トマト、ブロッコリー、キャベツ、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
頭と内蔵を取り、骨がやわらかくなるまで煮た小いわしは、箸でつまんでぱくぱく食べられる。味付けは醤油とみりん、砂糖、酒、そして細かく刻んだ生姜がアクセント。口に入れると甘からい煮汁がたっぷり染み出し、生姜がつぶれてさわやかな刺激やってくる。ここでたまらず、ごはんをかき込む。そして口のなかのものをぜんぶ飲み込んでしまう前に、小いわしの味が恋しくなってまた箸をのばす。皿の上の小いわしはどんどん数を減らしていく。
僕と向い合せで食べているおばあも、小いわしとごはんを交互に口に運んでいる。僕よりも早いペースで、小いわしの皿が空になろうとしている。小いわしをからあげにしたときもおばあは、総入れ歯の80代とは思えないスピードで骨ごとばりばり食べていた。
「おばあは、いわしが好きなんか」
と僕が聞いても、おばあは返事をしない。僕にちらっと視線を向けて、最後の一匹を黙々と食べている。「見てわからんのか」とでもいいたいのだろうか。おばあは他人をネタにした噂話は好きなのに、自分のことになるとなかなか語ろうとしない。
「やっぱり好きなんやろ」
僕はあきらめない。するとおばあは、いわしを飲み込んで口を開いた。
「前にもらったいわしを冷凍しとったんや。あんなにようけ、くれるから、冷蔵庫が片付かへんわ!」
なぜか怒り口調だ。おばあがいわしを調理するのも、すごい勢いで食べるのも、いわしをくれた近所のおじさんのせいにしている。
おじさんは何一つ悪くないけど、おばあがものを溜め込むのが嫌いなのはたしかだ。冷蔵庫には朝食の「6Pチーズ」と「ダノンビオ」、それから佐川急便の配達員が来たときにあげる「リポビタンD」くらいしか常備されていなくて、スペースにはかなり余裕がある。新聞や「女性自身」も、ひとつ前と最新の号が同時に部屋にあるところを見たことがない。
だけど僕が子どものころ、おばあの家にはもっとものがあったような気がする。冷蔵庫や冷凍庫には僕が好きな魚肉ソーセージやプリン、アイスなんかがたくさん入っていて、おばあによく出してもらっていた。
「いわしが冷凍庫にいっぱいあっても、食べたいときに解凍して料理したらええやん。冷凍したら長持ちするやろ」
僕がそういうと、おばあは
「ものがあったら、死んだときに、残ったもんが困るんや。捨てるだけでも大変なんや」
と不機嫌な口調でいう。
そういえば大工だったおじいが死んだとき、おばあは倉庫の道具類をほとんど処分してしまった。あれからおばあは持ち物を整理するようになった気がする。
自分の死後、残された者(僕)の負担を減らすために、おばあはいわしを解凍したという。死んでしまった後のことなんて、考えなくていいのに。冷蔵庫と冷凍庫のなかのものくらい僕が全部食べるよ。そういうことを考えていると、
「お前も、きちんと部屋を片づけや。人間、いつ何があるかわからんで」
おばあは、僕にも自分の死を意識しろという。まだ当分、死ぬつもりはないけど、明日すこし片づけよう。おばあも死ななければいいのにと思いながら、僕は最後の小いわしを口に入れた。