1月1日の夜、僕が夕飯を食べにやってくると、
「おお、きたか!」
いつもは無言のおばあが、明るい声で迎えてくれた。
さらにイスから立ち上がり、灯油ストーブに近寄ると、その上で温めていた鍋を持ち上げる。鍋の中身は――
琥珀色をした、合わせダシの芳醇な香りを放つ……昨晩の年越しそばのつゆだ! 今晩もそばなのか。おばあがカツオと昆布でとったダシは絶品だから、続けて食べられるのはむしろありがたい。だけど、どうしておばあはわざわざ鍋をストーブの上で温め、僕が来るのを珍しく歓迎してくれたんだ?
「そんなとこにおったら、じゃまや!」
立ち尽くす僕の横を通り過ぎ、おばあは鍋を持って台所に向かう。そのあとを追いかけると、流し台にあったのは――
丸餅! 毎年、正月前になると近所の人がついて分けてくれるやつだ。そうだ! 今日食べる汁物といえば、そばではなく――
「2個でええな!」
おばあはそういうと、僕の返事も聞かず、
丸餅を2個つかみ取り、
熱いつゆが飛び散らないように、ゆっくりと鍋に沈めた。さらに、
ビニール袋に入った大量の春菊を――
鷲づかみにして、バサっと鍋に放り込む。
ここでコンロの火を強め、
ひと煮立ちしたところで、
お玉を手に取ると、しばらくじっと鍋の中を見つめ、
おいしくなる一瞬のタイミングを見計らったかのように、具材とつゆをすくい取り、
お椀にうつす。そして完成したのはーー
メニュー
・雑煮
春菊、鶏肉、餅
・鯛の刺身
・数の子
・黒豆
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、レタス、ミニトマト
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
お雑煮! 色鮮やかなおせち料理も、すでにテーブルに並べられている!
酢レンコンに酢ゴボウ、
艶やかに輝く黒豆、
そしてなぜか一口サイズにカットされた数の子や、
めでたい鯛の刺身まで!
とはいえ、何といってもいちばんうれしいのは、できたてのお雑煮! ひと口つゆをすすると、濃厚なダシのうま味と香りが、心をほっと落ち着かせてくれた。
「餅があるから、米は炊いてへんで!」
おばあが向かいの席から大声でいう。僕は米が好きだけど、そんなの全然かまわない。この熱々のお雑煮を早く食べさせたくて、おばあは鍋をストーブで温めながら、僕が来るのを待ってくれていたのだ。そこに入った餅は、何にも勝るごちそうだ。
おせちとお雑煮を、ゆっくりと味わいながら食べすすめていくと、ごはんの代わりの丸餅が2個では足りないことに気がついた。せめてあと1個は食べたい。
「餅をもうひとつ食べたいんやけど、ええかな?」
僕がそういうと、
「さっき、2個でええって言うたやんか!」
とおばあに怒鳴られた。そんなこと一言もいってない! おばあが勝手に2個と決めつけただけじゃないか! まったく理不尽だけど、いい返したところで頑固なおばあが聞き入れてくれるはずもない。それに新年早々、けんかするのもバカバカしい。
餅をあきらめかけていると、
「そんなら、仕方ないな」
おばあはそういいながら立ち上がり、台所に向かって行く。怒っていたと思ったら、また鍋で餅を煮てくれるのか!? それはありがたいけどーー
「自分でやるからええよ! おばあは座ってゆっくりしとって!」
僕はそう叫びながら、おばあのあとを追った。