いつもの煮物は、おばあの里のごちそう


いつもの煮物は、おばあの里のごちそう

メニュー
・煮物
鶏もも肉(骨つき)、大根、厚あげ、ごぼ天、こんにゃく
・粕汁
大根、にんじん、しめじ、春菊
・野菜
トマト、ブロッコリー、キャベツ、アスパラガス、ほうれん草
・コロッケ(商店街の肉屋のもの)
・ごはん

粕汁の大根とにんじんが、ほとんど形がなくなるまで煮込まれている。汁も、つくって2日目くらいの濃厚な味がする。だけど昨日のメニューに粕汁はなかった。出どころはどこかとおばあに聞くと、「鍋ごと冷蔵庫に入れとったんや」とのこと。

粕汁が出たのは4日前。それからおばあは傷まないよう冷蔵庫で保管し、今日になってあたため直したのだ。さらに、昨日の七草がゆに入っていた春菊も追加されている。口当たりはやわらかく味は濃くなり、春菊の苦味もプラスされて、4日前とは別の料理になっている。

別ものになった粕汁を味わっていると、おばあは「文句があるなら食うな!」といきなり怒りだした。料理について質問をすると、僕が不満を持っているとおばあは勘違いする。とくに今日は、あたためた粕汁と肉屋のコロッケ、それに野菜と、昨日つくった煮物にごはん、というメニューだ。おばあがいちからつくったおかずがない。僕はそれで全然かまわないし、むしろ煮物は味が染みていて2日目のほうが好みだったりする。

だけどおばあは僕の料理についての質問を、新しくつくったおかずがないことを遠回しに非難していると受け取ったようだ。普段はプラス思考で、年末ジャンボ宝くじはいつか当たると信じて買い続けているくらいなのに、料理のことになるとやたら被害妄想があらわれる。

「おばあの里ではな、こんなん毎日、食べられへんかったわ」と、おばあはしみじみ語りはじめた。言いながら、しょっちゅう食べている煮物に箸をつけたので、さっき急に頭に血がのぼったことで、おかしな妄想を見はじめたのかと思った。

おばあは間違いなくこの煮物のことを言っていた。生まれ育った山奥の農家では、大根やこんにゃくはたしかに日常的に食べていた。だけどその他の具材は滅多に食べられなかったそうだ。

豆腐はよく家でつくっていたものの、油が貴重なので厚あげは特別な日だけ。魚はほとんど食卓に上らず、そのすり身が原料の、ちくわのようなねりものは正月に食べる高級品。たまごを採るために飼っている鶏は、むやみに殺して食べたりしない。

僕が何気なく食べていたこの一皿には、昔のおばあの日常と憧れが共存しているのだ。そりゃあ、毎日でも食べたくなるよ。

おばあが昔の話をしたから、煮物がおいしく感じたというわけではない。僕はもともと今日のメニューにまったく不満はなかった。それだけはわかってほしい。いくらそう言葉にしたころで、おばあはわかってくれそうにない。

煮物を食べ終え、台所の鍋をのぞくとまだ残っている。僕はおかわりをした。いつもより煮物がおいしく感じたからじゃない。まだお腹が減っていたからだ。

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