頑固な祖母でも孫は心配??栄養満点、アレの串焼き

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「今日は遅れるんとちゃうんか」
晩ごはんを食べに来た僕に、嫌味な口調でおばあがいった。

ちかごろ僕は、晩ごはんを食べに来られないことや、来られたとしても1時間以上遅れたうえに、あわただしく皿に乗ったものをかき込んで、何か言いたそうなおばあとまともに言葉を交わすこともなく自宅に引き返すことが続いていた。そして席に着くなりパソコンのスリープを解除してキーボードを叩きはじめるのだった。

フリーランスになって、仕事があるありがたみを痛感していた。だからといって予定を仕事で埋めてしまうと、かえって能率が落ちてしまう。はじめは思ったより早く仕事が進んで、近所の運動公園にママチャリでサイクリングに出かけては、ボーダーコリーとランニングするお姉さんを追い抜いたり、リハビリ中らしきおじさんに心の中で声援を送ったりするくらいの余裕はあった。ところがひとつ歯車が狂うと、連鎖的にさらに予定が伸びてサイクリングは中止となり、睡眠時間が削られていき、ある朝、ひどい咳とともに目覚めるハメになった。すると予定はさらに遅れて……。

そうしたもろもろがようやく一段落つき、明日にでもサイクリングに出かけられる目途が立った。そこでおばあに「今日は時間通り、食べに行くで!」と、威勢よく電話を入れていたのだった。それまでも遅れたり行けなくなる旨を伝えるため、毎日欠かさず電話していた。だから今さら「遅れるんとちゃうんか」なんて、嫌味を言われる筋合いなんてない!

そもそも、本当におばあは僕が遅れるなんて思っていたのだろうか? というのもテーブルには――

鰻の肝の串焼きなど祖母が用意した晩ごはん

メニュー
・レバー!?の串焼き(タレ)
・知らん魚(赤メバル)の煮付
・ポテトサラダ
ジャガイモ、ニンジン、キュウリ
・茶碗蒸し(みやけ食品)
・商店街の肉屋のコロッケ
・納豆(ミツカン「金のつぶ」たれたっぷり!たまご醤油たれ)

・大根とフキとタケノコの煮物
・サラダ
生:トマト、玉ねぎの醤油漬け、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

僕が時間通りに来るのを見計らったとしか思えない、数々の料理が並んでいる。

祖母(おばあ)手づくりのポテトサラダ

お手製のポテトサラダに、

祖母(おばあ)が晩ごはんに作った赤メバルの煮付け

おばあが「知らん魚」と呼ぶ赤メバルの煮付。少々形がくずれているところが、魚屋の出来合いのものではなく手づくりなのがわかる。

祖母(おばあ)が商店街で買ってきたコロッケ

商店街の肉屋のコロッケや、

祖母(おばあ)が作った大根とフキとタケノコの煮物

真っ黒になるまで味が染みている煮物、

祖母(おばあ)が作ったトマトと玉ねぎの醤油漬けをのせた野菜サラダ

いつものサラダ、そして――

祖母(おばあ)が晩ごはんに出した納豆(金のつぶ たれたっぷり!たまご醤油たれ)

おばあが嫌いな納豆まである。この納豆やポテトサラダ、肉屋のコロッケは僕の好物だ。

祖母(おばあ)が晩ごはんに出したウナギの肝の串焼き(タレ)

それにしても、この串焼きは何だろう? タレが絡んだ黒っぽい色合いは、鶏のレバーに似ている。だけどところどころ形が崩れていて、やけに柔らかそうだ。

「これ、何なんや?」
串を持ち上げておばあに尋ねる。角度を変えると、ミミズのような細長いものが数本飛び出ていた。何かわからず口に入れるのは気が引ける。
「何って、まずは食うてみい」
そういっておばあは、自分のぶんの串焼きにかぶりついた。一気に一串の半分近くをかじり取り、目を細めてじっくり味わっている。この食材が何なのか教えてくれるつもりはないらしい。

やはりかなり柔らかいようで、口の端からかけらがポロポロこぼれ、歯の間から寄生虫のような白っぽい筋が覗いていた。こんな食べ物、見たこともない。正体を教えてくれないのは、しばらく僕が時間通りに晩ごはんを食べにこなかった当てつけか。僕が悩んでいる顔を、面白おかしく観察して留飲を下げるために、この謎の串焼きを買ってきたというのか。おばあは一見、大雑把に見えるのに、気に障ったことは決して忘れない。さっき笑っていたかと思うと、急に大声を出して発砲する、ギャング映画に出てくるマフィアのボスそっくりだ。

元はといえば、予定を詰め込みすぎた僕が悪かった。ここは黙って、この謎の串焼きを食べてやる。それで手打ちといこうじゃないか、おばあ。

僕は心を決め、おばあと同じく、半分くらいを口にいれた。ぐにゃっとつぶれる柔らかい食感、甘辛いタレの味。さらに噛むと、コリコリとした細長い筋が現れる。レバーをさらに柔らかく濃厚にしたような味も、食感も悪くない。ただ、口に入れてもこれが何であるのか、見当もつかないのが気持ち悪い。何なんだこれは!? こうやって僕を悩ませるのが、おばあの魂胆なのか……だとしたら、意地が悪すぎるよ、おばあ。

「ウナギや!」
突然、おばあが大声でいった。何をいっているんだ!? たしかに、いわれてみれば甘辛いタレはウナギの蒲焼の味。だけどこのレバーっぽい食材のどこが、あのふっくらとして香ばしいウナギだと……いや、身とはかぎらないぞ。ウナギにもレバーがある。そう、肝だ! ウナギの肝を入れた〝肝吸い″という汁があるのは知っていたけど、串焼きまであったとは。

やわらかく濃厚でいかにも滋養がありそうな味わいは、たしかにウナギの肝といわれれば、そうとしか思えない。この一串に何尾のウナギが使われているのだろうか。ウナギは毎年、値段が上がっているし、鶏のレバーよりかなり値が張ったのに違いない。疲労回復に効く栄養も凝縮されていそうだ。

それをどうして今晩……もしかして……僕が忙しくて体調を崩していたことを、おばあは何もいわなかったけど、心配してくれていたということか。それで、僕が時間通りやってくると連絡を入れた今晩、滋養強壮のためにウナギの肝を出してくれた!? ごめんよ、おばあ。意地悪ばあさんとかギャングの親玉とか、もう絶対に思わないよ……。

ありがとう! と感謝の言葉を口にしようとしたとき、
「これ、魚屋が買え買え、うるさいから買うてみたんやけど、味はまあまあやな」
としたり顔でおばあがいった。そんなわけないやろ! と心の中で叫んだけど、頑固なおばあが、僕のために買ってきたなんて認めるわけがない。そんな偏屈なところも、強がる表情も憎たらしいので、感謝を伝えるのはやめにした。その代わり僕は、
「味はまあまあちがうで! めっちゃうまいわ!!」
と思い切りいってやった。