自分の祖母、おばあのような料理上手になりたい。まずはおばあが得意だった煮物料理“炊いたん”の極意をマスターし、どんな食材でもおいしく炊けるようになってやる!
そんな目標を胸に、僕が今回、商店街の魚屋に行って見つけたのは、
こんなの……って、なんだこれ!? ラベルを見ると『兵庫県産 エイ』の文字。エイの切り身なんて初めて見た。おすすめの調理方法を、ゴムエプロン姿の店主に聞いてみると、
「煮付けがええみたいやで。好きな人は、仕入れたらいつも買って行かはるわ。自分では食べたことないんやけどな。にいちゃん、おいしかったらまた教えてや」
とのこと。魚屋の店主が食べないというのはちょっと心配……。
それに、さかなクンがテレビで言っていたことだけど、エイはサメと同じく軟骨魚類で、イワシやブリのような一般的な魚、硬骨魚類とは分類がちがう。味もほかの魚とはことなっている。
さらにエイやサメの身は、アンモニアが発生する。そのおかげで腐りにくくなり、海から遠い一部の地域では、魚と言えばエイやサメを食べていたそうだ。つまり貴重なタンパク源にもなっていたけど、おしっこと同じアンモニア臭がするという……。
だけど、『いつも買って行かはる』固定ファンがいるということは、きっと一度食べたらクセになる独特のおいしさがあるのにちがいない。
おばあだってよく、名前もわからないまま魚を買ってきてーー
こんな⇧絶品の“知らん魚の炊いたん”を作ってくれた。
僕も味の想像ができないというだけで、怖気づいてはだめだ。初めての食材でもおいしく炊けなければ、おばあのような“炊いたんマスター”にはなれない!
というわけで、しばらく悩んで決心し、
エイの切り身を買ってきた。他にも菜花や長ネギ、
きのこにショウガ、それに、
おばあもよく調理してくれた里芋も一緒に炊くことにした。
エイの下処理方法は、魚屋の店主に教えてもらった。
その方法とは、
熱湯をかけること。こうすると、皮の表面のヌメリがとれて、身からも謎のアクのようなものが染み出して浮かんでくる。
あとは冷水ですすいで、
鍋の中へ。
調味料はだいたい、
酒:1カップ 砂糖、醤油、みりん:それぞれ大さじ3
味付けは味見しながらちょっと濃い目に調整。水も少々追加した。
ここに、
キッチンペーパーで落とし蓋をして5分ほど炊く。
これくらい火が通ったら、
他の具材も一緒に炊く!
里芋は以前、調理したときに、インスタグラムのコメントで「電子レンジでチンすると簡単に皮がむける」と教えてもらった。
実際にやってみると、この前はすべって包丁で手を切りそうだったのが嘘のように、素手でツルッとむけた。
あとはまた落し蓋をして、
土鍋の蓋も閉じて、15分ほど炊けば、
完成だ! 甘辛い和風の香りが食欲をそそるし、見た目も悪くない。気になるのはエイの味だけだ。
メニュー
・エイと里芋と野菜の炊いたん
・レンチン野菜(味付けは瀬戸内のレモン塩)
キャベツ、玉ねぎ、ニンジン
・ごはん(三分づき米)
まずはもちろん、
エイの身からいただきます!
箸を入れると、思った以上にふっくらしていて弾力がある。アンモニア臭を警戒し、恐る恐る一口食べると臭みは……まったくない! あの行きつけの魚屋の店主が上質なものを仕入れ、新鮮なうちにさばいて並べてくれたからかもしれない。
長めに火を通したけど、パサつかずしっとりしている。味は意外とクセがなく、他の白身魚にはない旨味も感じる。濃いめの和風の味付けがぴったり合って、ごはんとの相性も抜群だ!
サメと同じ軟骨魚類だから当たり前だけど、
中心の太い骨も、うっすらと白く透けている軟骨だ。鶏の軟骨に近いコリコリとした食感で、太い部分も歯が丈夫なら全部食べられる。しっとりふっくらの身と、コリコリの軟骨のコントラストがいい!
エイの炊いたん、かなりおいしいで、おばあ! と思わずおばあがいる施設の方向に向かって、大声で報告したくなる。
エイのダシが出ているからか、里芋の炊いたんは単体で調理したときより旨味が増している。他の具材も味がちょっと濃いので、
軽くレモン塩を振っただけのレンチン野菜が、いい箸休めになっている。
今日の献立、おばあが食べることができたら、何点くれるだろうか? 総入れ歯だからエイの軟骨は噛めないけど、身はおばあ好みのしっとり、ふっくら。味付けも、おばあが好きな濃いめの醤油味。
今でもおばあの「100点!」目指して、料理作ってるから、また僕の作ったもの食べられるようになってや、おばあ! そんなことを思うと、会いに行かずにはいられない。
翌日、介護施設にいるおばあの元へ行き、エイの炊いたんを作ったことを報告すると、
「え? エイ……なんや、それ?」
とエイが魚かどうかすらわかっていない様子。
僕が説明していると、おばあはうとうとしはじめた。
「おばあ――」
と、つい大きな声で起こそうとしたけど、やめておいた。
窓から差し込む陽の光の中で、穏やかな寝息を立てているおばあが幸せそうに見えたからだった。
また料理を作って報告しようと決め、しばらおばあを見守ってから部屋をあとにした。