おばあがまたひとつ歳をとって、89歳になった。去年の2月にコロナにかかって台所に立てなくなり、体が動かなくなるパーキンソン症状がじわじわと進行中。できないことが増えていくなか、去年と変わらず自宅で誕生日を迎えることができた。
それだけのことがこんなにうれしいなんて、初めてかもしれない。
おばあの誕生日はこれまで、おいしい料理を作ってくれることに感謝する日でもあった。だけど今年は、生きてそこにいてくれること自体がうれしい。
進行性の病気にかかると、心も暗く沈みがちになるはず。自分の体がだんだんと思ったように動かなくなるとは、想像しただけでつらい。
それでもおばあが笑顔を見せてくれるのは、周りの人たちに助けられ、勇気づけられているからに違いない。SNS(インスタ)やこのブログを通して、たくさんの温かいコメントをいただいて、おばあも僕も大きな励みになっている。ありがとうございます。
介護やリハビリを受けられるデイサービスの施設にも通っている。誕生日の6月1日も施設に行く日なので、僕からのお祝いは数日後、休みの日にすることにした。
おばあへのお祝いといえば、大好物のケーキ! 今年はちょっと豪勢に、ホールケーキにメッセージを入れてもらおうと決めていた。
ところが近所のケーキ屋さんが改装中で、遠くの店まで自転車で行くことに。
その結果、せっかくのイチゴのホールケーキが――
ぐちゃっとつぶれてしまった。
ガタガタ道を避けて、遠回りして帰ってきたのに、どうしていつも僕は大事なところで失敗してしまうんや……。小さな段差でも気を抜かず、カゴに入れたケーキの箱を持ち上げて、ゆっくり通ればよかった。なんて詰めが甘いんや。と後悔しながらおばあに出したら、
「そんなん、食べたら一緒や」
と言われ、おばあのために買ってきたのに、何だか僕が救われた。
料理ができなくなっても、車イス生活になっても、僕は今でもおばあに元気をもらっている。
とはいえ、高齢とパーキンソン症状の影響で、眠ることが多くなったおばあ。この日も目を離していると――
座ったまま、うとうと。
声をかけると目を覚まし、
「あんまり、腹は減ってないなあ」
と珍しいことを言う。
おばあが何より好きなのは食べること。それが大好物のケーキを前にして、食欲が湧いてこないなんて……。
ケーキもあるので、もともとごはんは軽めに――
玉子雑炊を用意していた。
これを食べ終えると、デザートに――
切り分けたケーキと、
フルーツ(おばあの好きなビワとキウイ)を出した。
食欲がないといっても、さすがはおばあ、しっかりと半分以上食べてくれた。89歳でこれだけ食べられたら大したものだ。
食べる途中の写真や動画がないのは、僕が介助していたから。食べるのに助けが必要になってきたし、口にする量も減ったけど、好きなものを味わったときの――
この笑顔は変わらない。
来年……と言わず、何かちょっとでもいいことがあったら、大好きなケーキ、またプレゼントするから元気にしててや、おばあ!
そう告げると、
「いつどうなるやら、わからんで」
と怖いことを言う。
でもこれはおばあなりの(ちょっと本気の)冗談のようで、
「またケーキ食べたいわ」
と食欲が戻ってきた様子。
次はつぶれないように気を付けてケーキ買ってくるから、ほんまに元気でおってや、おばあ!