クリスマスの楽しみといえば、サンタさんからのプレゼント! それに恋人と過ごすロマンチックな夜に決まって……ない! 信じていたサンタクロースがぱったり来なくなって30年、独り身の気軽さに慣れ切って、色恋の緊張感をすっかり失ってしまったアラフォーの僕に、サンタもプレゼントもロマンチックも関係ない!
この10年以上、僕にとってクリスマスの楽しみは、おばあが作るスペシャル・ディナーに決まっている! 中でも骨付きの鶏のもも焼きがたまらない。
ふっくらとした身に肉汁をふんだんに閉じ込めたあの絶妙な焼き加減は、鶏料理の専門店にも引けをとらない。シンプルだけど、いや……だからこそ、80年にわたる調理経験で身に着けた技が光っている。
毎年クリスマスに、おばあはその腕を思う存分振るってくれた。
ところが去年、僕は唯一のクリスマスの楽しみを失ってしまった。新型コロナウィルスの感染者数がピークを更新し、近所でも感染者が続出していたからだった。
高齢で持病持ちのおばあがひとたび感染すれば、無症状ですむはずがない。すでに寒さのせいか常に眠そうで、体力も本調子ではなさそうだ。そんなおばあを、人がひしめく年末の商店街に行かせるわけにはいかない。
だから僕がおばあの代わりに買い物に行き、料理も作ることにした。おばあにはゆっくり休んで英気を養ってもらおう。それが僕からのクリスマスプレゼントだ。というわけで作ったのが、
手羽元入りの『ホワイト豆乳クリスマス鍋』だった。材料を煮込むだけだから慣れない料理も失敗せず、味にうるさいおばあが何度もおかわりしてくれた。
栄養をたっぷりとって汗をかくほど温まったおばあは、早めにベッドで休んでくれた。これで来年はまた元気に、あの絶品の鶏のもも焼きを作ってくれるはず!
そんな期待をしていたのに……おばあは2か月後にコロナに感染した。10日間入院し、重症化することなく回復したけど、持病のパーキンソン病の症状は悪化。そして今年のクリスマスは、台所に立つことが困難に。
これでもう、クリスマスは他人の幸せをうらやむだけのむなしい日に……なんて、嘆いている場合じゃない!
クリスマスは今年も、僕がスペシャル・ディナーを用意すればいい! 去年からすでに、僕は料理を作ってもらうのではなく、おばあに作って喜ばす側になっていた。立場が逆転しても、おいしいものを二人で分かち合うよろこびは一緒だ!
おばあがコロナに感染後、代わりに僕が料理をするようになった。鶏のもも焼きだって作ってやる! と気合を入れたところで……今の僕にあの絶妙な焼き加減を再現できるだろうか。おばあが長年かけて磨き上げた“焼きの技”を、ちょっとやそっとでマネできるとは思えない。
ひとまず自転車にまたがり、不安を吹き飛ばすように行きつけのスーパーに直行した。するとすぐに見つかった。鶏肉コーナーに山のように積んである。しかも、すでに焼けているやつが。
僕が焼くより、目の前のチキンのほうが絶対おいしいはず!
だけどおばあは、僕が丹精込めてイチから焼いたほうがよろこんでくれるのでは!? しばらく悩みながら鶏肉と牛肉の間を行ったり来たりしていると、周りの奥さまたちは焼けたチキンを次々にカゴに入れていく。
ベテランの奥さま方がそうするなら間違いない……はず! と自分に言い聞かせ、僕も2つ買って帰った。
チキンと一緒に盛り付けたのは、和風の味で柔らかくなるまで煮たキャベツとニンジン。それに昨晩の残りの牛肉コロッケ。食べきれないほどおかずがあるので、
おにぎりは小さめ。それをおばあの待つ食卓にチキンを持っていく。すると、
おばあはいつも以上に明るい表情で迎えてくれた。去年のクリスマスは、こんな満面の笑顔は見せてくれなかった。
さらにサンタクロースの衣装も、
「それ、また着よか?」
と自分からノリノリで身に着けてくれた。
このコスチュームは、前日のイヴ、インスタグラムでライブ配信をしたときに着ていたもの。
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僕は白いヒゲをつけて、見てくれた人やおばあと一緒に盛り上がった。おばあもケーキを頬張りながら、コメントに返事をして一緒に楽しんでくれたのだった。
この日はおばあがデイサービスで夕飯を食べてきたので、スペシャル・メニューは25日に作ると伝えてあった。
そして今日、おばあはずっと笑顔で、サンタの服装も嫌がるどころか自らすすんで身に着けてくれた。ということはつまり……スペシャル・メニュー、そんなに楽しみやったんか、おばあ!
とうれしくなった半面、チキンは買ってきたやつだけどがっかりしないかな。と不安がまたぶり返してきた。
それでもおばあは、
待ってました! とばかりに
バクバクと食べはじめた。
おばあは手が使いづらくなったので、
鶏肉はあらかじめ切り分けておいた。それを、
介護用先割れスプーンの二刀流で食べすすみ、
「おいしいわあ」
と高評価。
「買ってきたやつやけど……」
と正直に伝えても、点数は下がるどころか
「100点」
と久々の満点やんか、おばあ!
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(※写真の右側をタップすると、4枚目に動画があります)
それに点数以上にうれしいのは、かなりの量の料理を完食してくれたこと。
その証拠にと、空になった皿にカメラを向けると、
手が伸びてきて、小さな皮の切れはしまで口に運び、
この満面の笑み。
僕はつまらない先入観に縛られて、余計な心配をしていた。料理はイチから作らなくても『うまかったらそれでええ』んやな、おばあ! 思い返せばおばあも『うまかったらそれでええ』の精神で、できあいの総菜を活用していた。
おばあは料理ができなくなっても、大事なことを教えてくれた。それこそ、おばあサンタからのプレゼントだ!
なんてよろこんでいると、おばあが何やら言っている。
「どうしたんや?」
と聞くと、おばあは
「ケーキはあるんか?」
って……まだ食べる気なんか、おばあ!
もしかして、ケーキは別腹ってやつ!? それにクリスマスケーキは昨日、好物の栗が乗ったやつ食べたやんか!
(※前日のクリスマスマロンケーキ🌰)
このマロンケーキ、食べたやんか!
仕方がないのでこの日のデザートはみかんで、と提案すると
「もう腹いっぱいや」
って、どっちやねん。
思わずツッコみたくなったけど、そんなにケーキが欲しいなら、また近いうちに買って……いや、たしかライブ配信のとき、ホットケーキなら簡単に作れるというコメントがあった。今度は甘いケーキ、作ったるからな、おばあ!